私も文学部に進路を決めたとき、親に同じことを言われた。文学部になんて行って、就職口はあるのか、と。でも、文学部に進んだ学生はそれをよく分かっている。だから在学中、他の学部生よりも努力をするのだ。

「私も文学部卒だけど、在学中に資格を取る人が多かったわね。教員とか、学芸員とか、司書とか。私もそのクチなんだけどね」

 資格を取るとなったら、よち多く講義を取らなければいけないから、たくさん資格を取る学生ほど大変だ。私は教員免許と司書資格を取ったから、結構忙しかったかもしれない。それでもまだ、理系のハードさに比べたらマシに思えるけれど。

「そうなんですか。ちょっと安心しました」
「受験が終わっても、すぐに就職のことを考えなければいけないなんて、大変ね」
「そうですね。でもまあ、こんな時代に生まれてきてしまったんだからしょうがないです」

 一条くんは肩をすくませる。困ったように笑ったその顔を見ていると、一条くんはどんな時代に生まれても、障害が少ない人生をすたすたと歩いていくんだろうなあ……と思った。

 他人にそういった印象を抱かせるそつのない人間というのはたまにいる。一条くんもそうなのだろう。世渡りがうまくて、器用。

 でもそんな人間がどうして、非生産的なことを毎日しているのかが気になった。

「ね、ひとつ訊いてもいい?」
「はい、なんですか?」
「どうして一条くんは図書室に通っているの?」
「あー……、それは」

 一条くんは口ごもり、頭をかきながらあさっての方向を見た。やっぱり、訊いてはいけないことだったのだろうか。