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私、ユリノーゼ・スフィア・ガルゴが噂を知ったのは、アルヴァン様がここへ訪れてから一週間程が経とうとい言う時だった。
この部屋がある周辺でしか行動しない私は侍女のアニ以外人との接点がなく、今日までその噂を知る事はなかったのだが、アニの困ったような顔と美味しいがいつもとは違う料理、そして頻繁にアニがホウキと雑巾を持って廊下へ向かう姿から、私は気づいてしまった。
きっとまたイジメられだしたのだ…と。
それもこの間の事が原因で。
しかし、あの時あの場には私とアニ、そしてアルヴァン様とその侍従しかいなかったはずなのだが、なぜその話が出回っているのか不思議で仕方ないが、まさかアニがそんな行動をとるとは考えれないし、そうなるときっとアルヴァン様がこちらへ渡られるのを誰かが運悪く目撃してしまったのだろう。
本当に最悪だ……。
いえ、アルヴァン様がこちらへ来て下さったのは嬉しかった。かれこれ二年も面と向かい会っていなかったので。
会わなくなったのはある二年前の出来事が原因で、アルヴァン様は気づかれていないようだが、それ以来私はこの部屋に引きこもるようになった。
……思い出すだけで怖くなって息が苦しくなりそう。
あれは悪夢だ。そう今でも思ってしまいたくなる。
「スフィア様、おやつにしませんか?」
「……えぇ。そうします」
アニは良い人だ。
私に分からないように、気づかれないように、証拠を消そうとしている。
四年前、もし私がここへ嫁がなければこのようにはなっていなかったのかしら。
もしアルヴィン様の心遣いを拒んでいれば、良い関係でいられたのかしら。
ふと、私は時々あの楽しかった日々を思い出す。
このハレムと華やかな場所だと勘違いしていたあの日。
皆が新入りの私を暖かく、そして妹のように可愛がってくださった夢のような日常。
「スフィア様、どうかなさいましたか?」
だけど上の側妻様が嫌いと言えば、そんな日常はいつしか非日常へ変わる。
「ねぇ、アニ」
仲良くして下さっていた側妻様や最初は守ろうとしてくれた侍女達も、皆結局は権力に逆らえず私のもとを去ってしまった。
私にはあの側妻様が何をしたのか気づいている……でも、証拠がないから権力がないから言えなかった。
止めることも、側にいてとすがる事も、この私には出来なかったから、皆側から居なくなった。
もし次にアニが居なくなりそうになった時、『行かないで』と言えたとしても、きっと結果は変わらないのだろう…。
ここにいると他の者が被害にあるのだから。
だからどうかアニが傷つく前に、ここから離れさせてあげたい。