後悔をしつつ、会社に行っていつも通り仕事をこなす。無意識に盛大な溜め息が出た。ちょうど通りかかった坪内さんが、私を見て足を止める。

「どうした?」
「どうもしませんよ?」
「無理すんなよ」

坪内さんは私の頭を控え目にポンと叩いて、去っていった。
そういう細やかな優しさは罪だ。
胸がぎゅっとなってしまうからやめてよ。

仕事が終わって、会社のエントランスでスマホとにらめっこをする。とりあえずビジネスホテルを検索してみるも、意外とたくさん出てきて混乱してしまう。
あーもう、どうすりゃいいんだ。

エントランスに設えられている打合せ机に、身を投げ出すように突っ伏した。ふいに肩を叩かれ顔を上げる。

「奈穂子…」
「やっぱり日菜子だった。お疲れ様、こんなところでどうしたの?何かあった?」

いつもそう。私が困っているときに彼女はスーパーマンみたいに颯爽と現れるんだ。元彼の浮気現場を見たときも、タイミングよく現れてくれて、それで頼ったんだっけ。

「実はさ、」

私は奈穂子に、隣の家が火事でうちのアパートの壁が焦げたこと、焦げ臭くて住めないことを伝えた。

「ホテル生活をしようか迷ってるんだよね。どこかいいホテル知らない?」
「うちに泊まる?」
「大丈夫、大人だから。それに、彼氏さんに悪いよ」
「日菜子、大人だからこそ頼っていいんだよ。それに、彼は絶対いいって言うよ」

一泊で解決する問題なら、奈穂子に甘えたかもしれない。
今ここで一泊させてもらったとしても問題を先送りにするだけだ。

それに、”彼は絶対いいって言うよ”って言葉に、僅かながら嫉妬してしまったんだ。
好きな人とちゃんと信頼関係が築けている証拠だから。

こんな気持ちになるのも、全部坪内さんが悪い。
私は一人で生きていこうと決めているのに。