歩みを止めた蒼が私に歩み寄って抱き竦めた。

 さっきまでひたすらサーブを打ち込んでいた蒼の体は熱を発していて、汗のにおいに、それに蒼自身のにおいがした。

「美希さん?
 元彼を見返す為にはさ。
 俺を本物の恋人と思わなきゃダメだよ。
 分かる?」

 小さな子どもを諭すような口ぶりはどこかいつもの蒼らしくない。

「その為には明日から……いいや、今から。
 俺を本当の彼氏と思って行動して。」

 そんなこと………。
 そんなことしても余計に虚しいだけ。
 蒼には分からないよ。蒼には………。

 返事をしないままでいると身を屈めた蒼が優しく頬に手を触れさせた。
 胸の鼓動が速くなって温もりなんて感じている余裕はない。

 毎日、どれだけ肌を重ねても蒼とは慣れないし、離れれば空虚な気持ちになった。
 それは肌を重ねれば重ねるほど……。

 触れるだけのキスをしておでこを重ねた蒼が囁くように言った。

「帰ろう。」

 その一言で同じ場所に帰れることが嬉しくて、……けれど、それがいつまでも続かないことを思うと寂しくなった。