「美希さん遅かったね。
 仕事忙しい?」

「うん。まぁ。ごめんね。待ったよね。」

「ううん。俺もさっきまで友達とラリーしてた。」

 優しい嘘。
 けれどこの嘘にも裏があったんだ。

 それはそうか、わざわざ私のテニスのコーチになって蒼葉くんになんの得があるんだろうって思ってたけど、全てに納得できる。

 彼は最初からこのゲームを楽しんでいたんだ。
 大好きなチェスをするみたいに。
 戦略を立てて回り込んで逃げられないようにして、そして『チェックメイト』

 ちゃんと『チェック』って警告されたかな。
 聞こえなかったんだけどな。

「どうしたの?顔色が悪いけど。
 今日は帰った方がよくない?」

「うん……そうさせてもらおうかな。」

 心配してくれる蒼葉くんがアパートまで送ってくれて、心配……してくれているのか、心配してくれているフリなのか。

 彼がする全ての行動に疑心暗鬼になって「ありがとね」とさよならを口にする。

「今日の美希さん心配だから側にいちゃダメ?
 俺がいると休まらないっていうのなら帰るけど。」

 捨て犬のような目で見られてももう騙されない。