「洸の言う通り、な? 出席お願いします」

 加藤先輩は両手を合わせて、廣田に拝み込む。

「そこまで頼まれたんじゃ、しょうがないですね」

 意味ありげな上目遣いで加藤先輩を見る廣田を、切ない気持ちで眺めた。

 その後キャンパス内で時々、親しそうにふたりが話をしているのを見かけた。毎回ふたりきりではなかったけど、やはり心中は複雑だった。

 そんなある日の夕方、バイトも入ってなかったので自宅に帰宅しようと歩いてたら、そばにある公園のベンチに座って、ボーッとしている廣田の姿が目に留まった。

(そういえば今日の講義中も、何か考え事していたように見えたな――)

 廣田の実家は俺の住んでるところから20分くらいの場所にあり、帰り道にここを通る。自宅じゃゆっくり、考えられないことでもあるのだろうか?

「おい、どうしたんだ? 変な顔して考え事か?」

 唐突に話しかけた瞬間、大きな目を見開いてあからさまに驚いた表情で俺を見る。

「なんだ、水留か……」

「なんだって失礼な。誰なら良かったんだよ」

 気を遣ってひとり分空けて隣に座ったら、横目で俺の顔をちょっと見てから俯く。

「……別に」

「廣田って、そんなに考え込むキャラだったっけ? なんていうか、いつもサバサバしてるイメージがあったけど」

 俺が廣田にたいする普段のイメージを言うと、眉間に皺を寄せて睨んできた。

「私だって、悩める乙女なんだからね」

「うわぁ。その顔で乙女発言は、かなぁり苦しいんじゃないのか?」

 笑いながら突っ込んだ途端に、がくっと体を脱力させる。

「水留と喋っていたら、悩んでるのがすっごく馬鹿らしくなってきた。何だかなぁ……もぅ」

「なんだそりゃ? 俺は精神安定剤かよ?」

 お茶らけて言うと、突然左手を握りしめてきた。

 予想外の行動にドキッとして廣田の顔を見ると、切なそうな表情で見つめ返してくる。

(もしかして……もしかするのかもしれない)

 胸を高鳴らせながら、次の言葉を待った。

「――昨日、加藤先輩に告られた」

「は?」

 淡い期待が、見事に打ち砕かれた悲しい瞬間である。ブロークンハート、俺の恋心は木っ端微塵。

「実は、初めて会ったときから気になってたんだ。それにちょっとしか話をしたことがないし、いい人そうなのは分かるんだけど、実際はどうなのかなって」

 悔しさに、奥歯をぎゅっと噛みしめた。

 ズキズキ痛む胸を抱えながら加藤先輩を売り込む言葉を、頭の中から必死になって選ぶ。

「廣田の言う通り、加藤先輩は良い人だよ。俺の憧れてる先輩なんだから当然だろ。彼女がいたのは確か半年前で、振られた理由がバイクの話ばかりですごくつまらないから。だったかな」

「そうだね。この間一緒に出かけたときも、バイクの話をずっとしてたな」

「この間……。一緒に出かけたんだ」

「うん。綺麗な星が見えるところに、連れて行ってくれた。水留の運転より、安心して乗れたよ」

 ガーン!! どうせ俺のバイクの運転はデンジャラスですよ。

「加藤先輩と比べるのが、そもそも間違ってる」

 口を尖らせながらぶつくさ文句を言うと、握ってた手を頭にもっていき、なでなでする。出たよ、お子ちゃま扱い。

 同い年なのにどうも見下されてる感があるのは、出会い頭に消しゴムを借りたからなのか。

(――俺が今ここで告白したら、廣田はどうするだろう?)

 不意にそんな考えが頭をよぎったが、瞬殺した。バイクの腕も格好良さも、すべてにおいて加藤先輩には負けているんだから。

「バイクのことばかり喋るからって振るなよ。すっげぇ良い人なんだからな」

「分かった、ありがとね水留」

 そう言って立ち上がった廣田に倣って、俺もベンチから腰をあげた。

「あっ、一番星見っけ。ここのところ雨続きで、星が全然見えなかったからなぁ。キレイ」

 背伸びをしながら星を見る廣田の横顔を、切ない気持ちを隠しながら見つめる。

 加藤先輩の前だったら、どんな顔をしてそのセリフを言うのだろう。きっと俺が知らない顔なんだろうな。モタモタして出足の悪いバイクの俺より、きっと加藤先輩のバイクに乗った方が廣田も幸せになれる。

 そう思ったのに――半年後、加藤先輩はバイク事故でこの世を去ってしまったんだ。