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 あの日以来――手を繋がれて帰ってから、急に水留を意識していた。玲さんが亡くなってから、まだ日が浅いというのに。

 きっと心が弱くなってるせいだと、自分に言い聞かせる。もっと、しっかりしないといけないよね。

「おい大丈夫か、ボーッとしてると転ぶぜ」

 大学構内の狭い廊下で目の前にいる水留の存在に、全然気がつかなかった。いつもそうだ、何かあるとすぐそばにいる――。

「水留…」

 私を見つめる心配そうな眼差しになぜだかドキドキしてしまい、うまく言葉が出てこない。

「お前、顔が真っ赤だけど熱でもあるんじゃないのか?」

 じっと見られるだけで、勝手に心拍数が上昇する。水留は友達だったはずなのに、どうした自分。

「しばらくやすんでいたからな。だからって、無理して大学に出てきてるだろ。このまま送ってやるから帰るぞ」

 私の左腕を強引に掴んで、来た道を戻る。

(――また心配をかけてしまった……)

 何とも言えない気持ちが、胸の中で渦巻く。瞳を閉じると玲さんが見えるのに、現実の世界では傍にいるのは水留なんだよね。

 俯いたまま引っ張られながら歩いてると、目に映る大きな足が突然立ち止まった。何となく顔を上げにくくて上目遣いで水留を見ると、心配そうな視線を私に送っていた。

「気分が悪いのか?」

 その問いかけに、すぐさま首を横に振る。

「何だか水留が優しくて、ちょっと戸惑ってるんだけど」

 そう言うと、水留の頬がぽっと赤くなった。

「何を言い出すかと思ったら。俺は純粋に廣田を心配しただけで、深い意味なんて全然っないんだからな! 熱で変なことを、口走るんじゃねぇよ」

 まくし立てるように言うと、乱暴にまた私を引っ張って歩き出す。掴まれてる腕が痛かったけど、苦情を言わなかった。

 仲のいい友達だから、心配してくれてるんだね水留。友達だからこそ、何か言ってしまったら壊れてしまうかもしれない。

 この関係をどうしても壊したくなくて勇気が出ないまま、大学卒業してからも結局進展なく、社会人になったのである。