堪えていた涙がひと粒頬を伝う。爪が食い込むほどさらに強く手を握った私は、「ここで止めてください」と運転手に告げる。

そしてバッグから財布を取り出し、千円札を数枚座席に置くと、雪成さんが険しい顔で咄嗟に私の手首を掴んだ。


「麗、ちゃんと家まで──」

「もう結構です! 報酬もいりません。私は……お金が欲しくてあなたに尽くしていたわけではありませんから」


荒っぽい口調で吐き捨てると同時に、大粒の涙がぼろぼろとこぼれ落ちる。

そんな視界では、彼が最後にどんな顔を見せたかはわからなかったけれど、もはやどうでもいいこと。彼の手を振りほどき、ドアを開けて逃げるように降りた。

幸い、もう少し歩けば最寄りの駅に着く。帰ったら恨みつらみを桃花にぶちまけさせてもらおうと思いながら、早歩きで街を抜けていく。

しかし、拭っても拭っても涙は頬を濡らし続けて、歩くのも、呼吸すらもうまくできなくなり、結局足が止まる。


「ふ……っ、苦しい……」


愛し合った記憶は、ただの幻想になってしまった。こんなに、胸が切り裂かれそうなくらい痛くて辛いのは初めてだ。

自惚れでも、勘違いでも、あの人の存在は確かに私の一部になっていたのだと思い知る。

大事な部分を失くした身体は、しばらくその場から動かすことはできなかった。