シェフの経験を持つ彼が作ってくれた料理は、期待を裏切らず最高に美味しかった。冗談じゃなく、お金を払いたくなるくらい。

キスのおかげで胸が一杯で、食べ物は喉を通りそうになかったのに、食べ始めたらぺろりと平らげてしまった。

そう、あのキスはなんだったのか。あのあとも不破さんの態度はいつもとまったく変わらず、その件に触れもしないから、夢だったのではと錯覚しそうになってしまう。やっぱりこの社長様はよくわからない。

しかし、お腹と孤独感が満たされたことで、私の気持ちに余裕が生まれたのは確かだ。桃花に会って、きちんと向き合おうという心構えができた。

凛とした冬の夜の空気に似たシャキッとした気分になり、食器の後片づけを手伝うと、送ってくれるという不破さんのお言葉に甘えて車に乗り込んだ。

三十分ほどでマンションに着き、シートベルトを外して心からお礼を言う。


「今日は本当にありがとうございました。お料理とっても美味しかったです。私だけワインをいただいてすみません」

「いいよ、また今度付き合ってくれれば」


不破さんは小さく首を横に振り、さりげなく条件を加える。“今度”があることが嬉しくて、私は口元を緩めて「喜んで」と答えた。