四方はそんなわたしのことなどまるでかまわずに、

「わーい、ぼく、友高さんと結婚するんですぅ」

などとわめきながら、となりの総務課を抜け、その向こうのドアをあけて出ていく。

四方末男のバカヤロー。あいつ、社内中に触れてまわるつもりだ。

「待ってぇ、四方さん、待ってぇ……コラァ、待ちなさいって言ってるでしょうッ!」

わたしは声をからして走り続ける。



……30年後。

ハマナカ工業の社長に就任した友高末男氏には、若いころ、後の夫人にプロポーズを了承され、社内中を喧伝して走りまわった、というエピソードが伝えられている。

その話を聞いた若い社員たちは、みな、顔を見合わせてクスクス笑うという。



……もちろん、今のわたしが、そんなことを知るはずもないのだった。

                               (了)