まぁ、俺としてみれば人なんていいないほうが好都合。早くあの一年生、調べものを終わらせないかな。

「今日は何読んでんの?」

 そう言いながら吉村のいるカウンターの方へ向かう。そして吉村の隣に椅子を持ってきて、俺は座った。

 吉村は、ん、と顔を上げると、黒縁眼鏡の奥から見える真っ黒な瞳に、少しだけ柔らかい光を湛えた。

「三島由紀夫、潮騒」

「ふーん……」

「読む?」

「……分かって聞いてる?」

「うん」

「……はは」

 俺は肩をすくめた。吉村は俺が読書が出来ない体質なことを知っているんだ。

 ――最初はさ、こんな子と一緒の当番になってどうしよう、って思ってたんだ。俺は女友達も結構いるけど、美沙みたいに服装には無頓着で、暇さえあれば本を読むような、自分の世界に入りこんでしまっている子なんていない。