パレードを終え、王宮に戻ったロベルトとジャスティーヌは、それぞれの部屋に戻り、晩餐会用のドレスに着替え、控えの間に姿を現した。
 本当ならば、両親とアレクサンドラの元へ一番に走っていきたいところだが、王太子妃となった今、もうジャスティーヌにそれは許されない。例え、ホーエンバウム公爵となって王族となった今も、国王を頂点とする王室の中で、夫であるロベルトは第二位に、そしてジャスティーヌの行動のすべてはロベルトと一対として判断される。今後、どのような軽率な行動も、もはやジャスティーヌには許されないのだった。
 ロベルトに連れられ、ジャスティーヌは来賓として招かれた列強六ヶ国同盟の加盟国の首脳や大使たちに次々にその国の言葉で挨拶をした。
 生まれた時から、六ヶ国の言葉を強制的に学ばされていたロベルトであれば驚くことではないが、王太子妃になったばかりのジャスティーヌが流暢に各国の言葉を話すことに皆驚きを隠せない様子だった。
 順番に挨拶が進み、ユリウスの番がやってきた。
「おめでとうを言わせてもらうよ、ロベルト! 素敵な奥様だ。美しいだけでなく、賢く奥ゆかしい」
 ユリウスの言葉に、ロベルトは嬉しそうに言った。
「ええ、ジャスティーヌは語学だけでなく政治や経済、国際関係にも造詣が深く、将来は私の有能な伴侶として国を良く導く助けとなると思います」
「言うな、ロベルト。私は、君のそういうところを高く買っているんだ。君の美しい夫人にも挨拶をさせてもらおう。・・・・・・お初にお目にかかる。イルデランザ公国、大公のユリウス・アレクサンドロス七世だ。今後も隣国同士、また、同盟国同士、今後ともよろしくお見知りおきを・・・・・・」
 そこまで言ってから、ユリウスは思い出したように後ろに控えていたアントニウスを自分の隣に並ばせた。
「アントニウス!」
 祝いの席だというのに、ロベルトが鋭い声をあげ、ジャスティーヌが思わず息を飲んだ。
「我が甥が、ずいぶん迷惑をかけたようで、リカルドの気分を随分と損ねてしまったようでね。式の前に面会を申し出たのだが、後にしろと、すげなくされてしまったよ」
 ユリウスは困ったように言うと、アントニウスの背中をバンと叩いた。
 半歩前に押し出されるようになったアントニウスは、深々と頭を下げてから言った。
「ロベルト、ジャスティーヌ、本当におめでとう。こうして、生きて二人の結婚式に参列することができて、本当に嬉しいよ」
「もう、体の具合はいいのか?」
 ロベルトはアントニウスの頭の先から足の先まで一瞥して尋ねた。
「ああ、意識が戻った頃は車いすだったけれど、今はこうして杖も使わずに一人で歩けるようになったよ・・・・・・」
「そうか、それは良かった。では、まだ挨拶の続きがあるから失礼する」
 ロベルトは言うと、辛そうに俯き始めたジャスティーヌを促して次の来賓客のいる場所へと導いていった。


 去って行く二人の後姿を見送りながら、ユリウスはアントニウスに肘鉄を食らわせた。
「馬鹿者。なぜ、礼を言わなかった。お前、本当は破談にしたままにしたいのではないのか?」
 ユリウスはため息をつきながら言った。
「申し訳ありません。お礼を続けようとしたのですが、どうしてもあの人の名を口にすることができませんでした」
「そうか、それならば仕方がないな。後は祈れ、リカルドの期限をかなり損ねているからな、お前などいらぬと断られるかもしれないからな」
 ユリウスは言うと、ワインのグラスを煽った。


 やっと家族と話せる順番が来て、ジャスティーヌは人目も憚らずアレクサンドラの胸に飛び込みたかったが、ぐっと堪えて王太子妃としての態度を維持した。
「大叔母様、ホーエンバウム公爵、ご挨拶が遅くなり、申し訳ありませんでした」
 ロベルトが謝罪すると、ルドルフは無言で頭を横に振った。
「素晴らしいお式でした。パレードも素晴らしかったと聞いています」
「はい、素晴らしい反響でした。ジャスティーヌが心から民に慕われているのが良くわかりました」
 ロベルトは嬉しそうに言った。
「ところで、先程、アントニウスを見かけたような気がしましたが・・・・・・」
 ビクトリアの言葉にアレクサンドラがビクリとした。
「はい、大叔母様。アントニウスでしたら、ユリウス大公のお供で・・・・・・」
「そう、アラミスが来ているのかと思ったら、アントニウスを連れてきたの、何を考えているのかしら」
 ビクトリアはアレクサンドラに聞こえるようにユリウス大公の差配に疑念を示した。
「大叔母様、もうすぐ晩餐が始まります。その後はエイゼンシュタイン中の貴族を招いた夜会ですから、ご機嫌をなおしてください」
 ロベルトは言うと、ジャスティーヌを促して他の王族への挨拶に向かった。


「やはり、アントニウスはあなたに逢いに来たようね」
 ロベルトとジャスティーヌが去ると、ビクトリアがアレクサンドラだけに聞こえるように囁いた。
「いえ、そんなことは・・・・・・。大公のお供でいらしたと・・・・・・。それに大聖堂では、とても素敵なレディとご一緒でしたから、それはないかと思います」
 アレクサンドラが答えると、ビクトリアはアレクサンドラの事を優しく抱きしめた。
「もうすぐ晩餐が始まるから、そうしたらわかりますよ」
「えっ?」
 アレクサンドラは驚いてビクトリアを見つめた。
「晩餐では、連れが向かい合わせて座る様になっています。もし、アントニウスにレディの連れがいれば、そのレディがアントニウスの向かいに座るでしょうからね」
 ビクトリアは言うと、部屋のほぼ真反対側にいるアントニウスの方に視線を走らせた。


 鐘の音が鳴り響き、晩餐の間への案内が始まった。
 ビクトリアの言葉を頼りに、アレクサンドラはアントニウスの席がどこになるのかを必死に目で追いながら自分の席を探した。
「おばあ様、こちらですわ」
 やっと席を見つけたアレクサンドラが声をかけると、ビクトリアがゆっくりと進み、席に置かれた名札を確認した。
「これによると、ルドルフの向かいがアリシア、そして、私の向かいがあなたね。これは、ジャスティーヌの計らいかしら」
 椅子の傍に立つと、すぐに給仕に寄り椅子が引かれた。
 ビクトリアが座るのを待ってから、ルドルフ、アリシアが席に座り、最後にアレクサンドラか席についた。しかし、壁向きのアレクサンドラの席からは、フロアーの他のゲストの姿を見ることはできなかった。向かいに座ったビクトリアもアレクシスの姿を探したようだったが、アレクシスも壁を向いて座っているのか、確認することができないようだった。

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