国境警備隊に護衛され、王都まで帰ってきたアレクサンドラを乗せた馬車は、警備隊に見守られながら王都の道を走り抜け、一路屋敷を目指した。
 公爵に叙爵される日を目前に控えたアーチボルト伯爵邸は、公爵家にふさわしい門構えにと、歴史があるのだけが取り柄だった門は美しく金色に塗りなおされていた。
 門の脇には門番詰所、それに並んで門番小屋が整えられた。また、屋敷の外装にも更に手が入れられ、公爵家になると同時に再び大人数の使用人が王家から下賜されることに合わせ、長い間使われていなかった、別棟の使用人用の居住設備も綺麗に整えられていた。

 アレクサンドラは馬車の窓から美しく金色に塗られた門を見上げ、これが本当に我が家なのだろうかと思いながら、馬車の椅子に身を預けたまま、馬車が止まるのを待った。
 屋敷は煌々明るく、扉を開けて出てきたコストナーはアレクサンドラの無事な姿に涙を流しそうに喜んでアレクサンドラを迎えてくれた。
 そして、その後ろから飛び出してきたのは、蒼い顔色で、少しやつれたジャスティーヌだった。
「アレク!」
 ジャスティーヌは呼びながらアレクサンドラの胸に飛び込んだ。
「ジャスティーヌ、どうしたの? 私は無事よ。ザッカローネ公爵家邸は、戦場から遠く離れた平和な街中にあって、食料にも困ることはなかったし、とても平和に暮らすことができたわ」
 アレクサンドラが話すのを迎えに出てきたルドルフとアリシアも聞いていた。
「お父様、お母様、ご心配をおかけいたしました。アレクサンドラは、アントニウス様の快癒は見届けられませんでしたが、無事、ただ今帰還いたしました」
 アレクサンドラは言うと、頭を下げた。
「無事で何より。ジャスティーヌとも積もる話があるだろう。部屋に帰って休みなさい」
 ルドルフは言うと、アリシアを急かすようにして屋敷の奥に戻って行った。
「ジャスティーヌ、部屋に戻りましょう」
 アレクサンドラに促され、ジャスティーヌはアレクサンドラと歩調を合わせるように階上の部屋へと歩を進めた。
「アレク、何があったの?」
 荷下ろしと、荷物を運ぶのに使用人達がバタバタとしているのを見ながら、ジャスティーヌは静かな声で尋ねた。
「ジャスティーヌ、それを言うなら、ジャスティーヌの方こそ何があったの? 顔色は悪いし、すごく具合が悪そうだわ」
 アレクサンドラは言うと、よろめきそうなジャスティーヌを支えてジャスティーヌの部屋に入った。
「アレク、着替えた方がいいんじゃない?」
 ジャスティーヌは気を使ったが、アレクサンドラは頭を横に振った。
「僕のジャスティーヌをこんなひどい姿にするなんて、やっぱりあいつは悪い男だっただろ?」
 アレクサンドラがジャスティーヌの耳元でアレクシスの声で言うと、ジャスティーヌはアレクサンドラをぎゅっと抱きしめた。
「違うの。違うの。私がいけないの・・・・・・」
 アレクサンドラは状況がわからないまま、ただジャスティーヌをしっかりと抱きしめた。
 もともと細いジャスティーヌだったが、コルセットを締めすぎている訳でもないのに、ウェストは折れそうに細く、アレクサンドラがいない僅かの間にやせ細ったことは聞くまでもなかった。
 アレクサンドラが国を離れるまで、幸せ一杯で笑顔がキラキラと輝いていたジャスティーヌが、これほどまでにやせ細り、打ちのめされている理由がわからず、アレクサンドラはこのままジャスティーヌが消えてしまうのではないかと恐怖を覚えた。
「ジャスティーヌ、お願いだから、何があったのかを教えて」
 本当ならば、姉であるジャスティーヌの方が帰国させられたアレクサンドラの話を聞いてあげなくてはいけないのにと思いながら、ジャスティーヌは噂の事をポツリポツリと話し始めた。
 ジャスティーヌの話を聞いている間、アレクサンドラは言葉を挟まず、ジャスティーヌが紡ぐ言葉にしっかりと耳を傾けた。
「それで、私と殿下の婚約の解消をお願いしにお父様が陛下にお目通りをお願いしたら、なぜか公爵に叙爵されることになったの」
 ジャスティーヌが話し終わると、アレクサンドラはしばらく沈黙を守った。
 アレクサンドラにしてみれば、あのムカつくという言葉以外に表現する言葉を見つけられないくらい腹立たしい、ゴキブリ以下の存在であるフランツだけでなく、社交界で何かにつけてアーチボルト伯爵家を貧乏貴族と罵っていたバルザック侯爵が爵位を取り上げられることは正直『ざまーみろ』と笑ってやりたいことだったし、アレクサンドラが陛下に助けてもらうに至った、あの夜の無礼な行動は許しがたかったから、やっと正しい裁きが下されたと思う反面、次゛分が傍に居なかったから、ジャスティーヌが攻撃の対象となり、人を疑う事をしないジャスティーヌが誹謗中傷されたことがたまらなく許せなかった。
「ジャスティーヌ、ごめんなさい。私が国を離れたりしたから、フランツの奴、腹いせにジャスティーヌに酷いことを・・・・・・。アレクシスがフランツを決闘でやり込めたりしたから、その仕返しもあったんだと思うわ。でも、ジャスティーヌが潔白な事は、みんなが知っていることよ」
「でも、殿下はブルヴィッツ近衛隊長の制服を着て、お忍びで訪ねてきたこともあるのよ。それを知られれば、誰も私の純潔を信じてくれなくなるわ」
 アレクサンドラが口を開く前に、二人の間の一瞬の沈黙をノックの音が引き裂いた。
「どうぞ」
 アレクサンドラが代わりに答えると、ライラが姿を現した。
「ジャスティーヌお嬢様、王太子殿下の勅使が面会をお求めでございます」
 あまりのタイミングの良さに、アレクサンドラは怒りを覚えて立ち上がった。
「ジャスティーヌ、あなたはここに居て。私があなたの代わりに会って来るわ」
「でも・・・・・・」
「いいから、ジャスティーヌは休んでいて」
 アレクサンドラは言うと、大きく深呼吸をしてから部屋を後にした。


 階段を下り、使者が通されているサロンに足を踏み入れると、すぐに勅使は振り向き臣下の礼をとった。
「勅使殿、お勤めご苦労様です」
 アレクサンドラが声をかけると、勅使はゆっくりと立ち上がった。
「殿下より、この花をお届けするようにと・・・・・・」
 予想では、勅使のフリをしたロベルトのはずだったが、実際は、本物のブルヴィッツ近衛隊隊長だった。
「殿下がお花を?」
 アレクサンドラは差し出された花を受け取るために数歩ブルヴィッツ近衛隊隊長に歩み寄った。
「殿下より、本日花開いたプリンセス・ジャスティーヌを一枝お持ちするようにとのご命令を戴きました」
「プリンセス・ジャスティーヌ・・・・・・」
 相変わらず、気の早い男だとアレクサンドラは思いながら、バラをブルヴィッツ近衛隊隊長から受け取った。
「陛下からの見合いのお話の時には、確か、殿下が深紅のバラを贈られたものが殿下の妻になると、そう決められていたのに、殿下はまだ深紅のバラを贈っていらっしゃらないのは、お心に何か思うところがおありなのでしょうか?」
 ジャスティーヌの問いに答えられないブルヴィッツ近衛隊隊長は、再び臣下の礼をとった。
「ジャスティーヌ様、お言葉を戴き誠に光栄至極にございます。ジャスティーヌ様のお言葉、一言一句たがえず、私、ハインリヒ・ブルヴィッツが命に代えてもお伝え申し上げます」
 ブルヴィッツ近衛隊隊長は言うと、再び臣下の礼をとってサロンから出ていった。
「コストナー、ブルヴィッツ近衛隊隊長がお帰りです」
 アレクサンドラの言葉に背後でコストナーが対応する声が聞こえた。
 玄関の扉が閉まる音を聞いたアレクサンドラは、バラを手に階段を上り、ジャスティーヌの部屋へと戻った。


「殿下は、あなただと気付いたでしょう?」
 暗い表情を浮かべて問いかけるジャスティーヌに、アレクサンドラは笑みを浮かべて答えた。
「残念だけど、訪ねてきたのは、ブルヴィッツ近衛隊隊長だったわ。それから、このお花を殿下からですって」
 優しいピンク色の薫り高いバラの花、ジャスティーヌの名にちなんで名づけられた、プリンセス・ジャスティーヌ。
「このバラ、プリンセス・ジャスティーヌっていう名前なんですってね。すごいわ。王室庭園で造られた新種にジャスティーヌの名前を付けるなんて。最高のプレゼントよね。王太子殿下にしかできない事だわ」
 アレクサンドラが言うと、ジャスティーヌは少しだけ笑みを浮かべた。
「ねえ、ジャスティーヌ、気が変わって、殿下に嫁ぎたくないなら、私が一緒に修道院に入ってあげるわ。そうしたら、寂しくないでしょう?」
 アレクサンドラは優しくジャスティーヌの手を握った。
「そうしたら、死ぬまで二人一緒よ。もう、離れ離れになんてならない」
 ジャスティーヌは無言のまま頭を横に振った。
「駄目なの。私が修道院に入ったら、ロベルトは王位継承権を放棄して、ロベルトも修道院に入るって・・・・・・。そんな事になったら、この国は混乱に巻き込まれてしまうわ」
 ジャスティーヌの言葉は、伯爵令嬢の言葉ではなく、もはや王太子妃の言葉と言っても過言ではなかった。
「ねえ、ジャスティーヌ。そこまで殿下がジャスティーヌの事を愛してくれているのに、変な噂が立ったからって、事実無根なのに、ジャスティーヌが逃げる理由はなに? 今の言葉だって、ただの伯爵令嬢なら、国のことなんて考える必要ないのに、ジャスティーヌの言葉は、王太子妃の言葉だったよ。そこまで国と、王家のことを考えるジャスティーヌがずっと想い続けた殿下との幸せを諦めてまで、結婚を止めたい理由は何? だって、ジャスティーヌはまだ殿下のこと、愛してるじゃない。それなのに、なぜ?」
 アレクサンドラの言葉を聞きながら、ジャスティーヌは伏せていた顔を上げ、アレクサンドラの事をまっすぐに見つめた。
「お願いだから、笑わないでね、アレク」
「もちろん、笑ったりしないわ」
「あなたよ」
「えっ?」
 アレクサンドラはキョトンとした表情でジャスティーヌのことを見つめ返した。
「あなたと、離れ離れになりたくないの」
「確かに、王宮とここじゃあ、距離が離れてはいるわね」
 アレクサンドラの言葉に、ジャスティーヌが頭を横に振った。
「ちがうの。アレクがイルデランザに嫁ぐなら、私もイルデランザに行きたいの。もう、二度と、アレクと離れ離れになりたくないの」
 ジャスティーヌの『イルデランザに嫁ぐ』という言葉が、アレクサンドラにアントニウスとの別れを思い出させた。
 この屋敷の庭で別れた時、アントニウスは確かに、まだアレクサンドラを愛してくれていた。自分の上着をアレクサンドラの肩にかけたまま、逃げるようにして帰って行ったけれど、確かにアレクサンドラの事を愛していてくれた。
 あの時のアントニウスは、なぜ一緒にイルデランザに行くと言ってくれないのかとアレクサンドラに問うたし、別れ際に『このままあなたと一緒にいると、あなたを連れ去ってしまいそうです』とまで言ってくれた。それなのに、心から尽くし、看病したアレクサンドラにアントニウスは、あれほど情熱的なキスを交わしたのに、車いすで動けるようになると、一日も早くエイゼンシュタインに帰るようにと、グランフェルド大公の大公女との結婚の話があると言った。
 気付かぬうちに涙が溢れ、アレクサンドラの頬を涙が濡らしていった。目の前のジャスティーヌの顔が涙で滲んだ。
「アレク?」
 突然のことにジャスティーヌが驚いたようにジャスティーヌの手をぎゅっと握った。
「ごめんなさい。あなたの方が、私よりもっと辛いはずなのに・・・・・・。本当にごめんなさい」
 ジャスティーヌは言うと、アレクサンドラを抱きしめた。
「私は大丈夫よ。だって、考えたら、当然のことですもの」
 アレクサンドラは自分に言い聞かせるように言った。
「私は、貧乏伯爵家の娘よ。お父様が公爵に叙爵されるのは、あなたが殿下に嫁ぐから。それなのに、生粋の公爵家の娘のフリをして公爵家に嫁ぐなんて、無理だったのよ」
 アレクサンドラの言葉に、ジャスティーヌはアレクサンドラから体を離して向き直った。
「そんなことないわ。爵位なんて、生まれの尊さや卑しさをはかる基準にはならないわ。平民だから卑しいとか、伯爵家の生まれだから公爵家のうまれより卑しいとか、そんなことはないわ。神の前では、みな等しく尊い命ですもの」
 ジャスティーヌの言葉は正しいとアレクサンドラは思った。でも、それは自分には当てはまらないとも。
「ジャスティーヌありがとう。でもね、私は、自分がどれくらい罪深いか、良く知っているの」
 アレクサンドラの言葉に、ジャスティーヌはギョッとした。
 独身の娘が神の前に罪深いという言葉を口にする理由はただ一つ、婚姻関係のない男性に体を許した時だけだったから、ジャスティーヌは言葉を飲み込んだ。
「お願い、ジャスティーヌ。私のために、ジャスティーヌだけは幸せになって」
 ジャスティーヌは無言で頭を大きく横に振った。
「私は、身も心も、アントニウス様のものなの。例え、他の誰を愛しても、他の誰に愛されても、もう嫁げない身なの」
「そんなの酷すぎるわ!」
「すべては、私が望んだことだから。白い結婚を決意した時から、私の身も心も、アントニウス様のもの。例え、断られ、実家に帰されても、私はもう一度は嫁いだと、そう心に決めているから。例え、アントニウス様がグランフェルド大公女を妻に迎えられたとしても、私はアントニウス様のもの。他の誰の元にも嫁がないわ。例え、奇跡がおこって、他の誰かを好きになったとしても、他の誰かに愛されたとしても、その方に不誠実だわ。白い結婚だったとはいえ、他の男性に嫁いだ身で、純白のドレスなんて着られない。そんな私を妻に迎える方は不幸だわ」
 ジャスティーヌは嗚咽を堪え、大粒の涙を零した。
「お願い、ジャスティーヌ。純白のドレスを着て、幸せになって。私が経験できないことを私の分も経験して。そして、私にあなたの幸せを感じさせて、お願いよ。あなたが幸せになることだけが、私の望みなの。お願い、私の願いをかなえて」
 ジャスティーヌは堪えきれず、とうとう声をあげて泣き始めた。
 それは、自分の為ではなく、アレクサンドラを思う悲しみだった。
 例え、どんな卑劣な噂が立ったとしても、ロベルトがジャスティーヌを愛する気持ちに変わりはなかったし、あの幼い日の婚約以来、ジャスティーヌはずっとロベルトを想い続け、ロベルトも同じ気持であったことも知っている。そして、ジャスティーヌが結婚に消極的になった今、ロベルトはジャスティーヌが望むのならば、王太子としての身分も何もかも捨て、修道士になってもジャスティーヌへの愛を貫き通すと言ってくれている。これほどまでに愛し愛されているのに、何を不満に思うのか、それこそ身勝手で、自分勝手そのものではないのかと。
 アレクサンドラは、愛され、妻にと望まれ、相手の危機に瀕し、自らの名誉を傷つける行為ともいえる、白い結婚の制約を受け入れてまで尽くしたのに、その愛は報われず、実家に戻されるという、恥をかかされて尚、相手を愛してやまない、苦しい立場におかれている。それなのに、アレクサンドラの望みはジャスティーヌが幸せになること。ここでジャスティーヌが婚約の破棄を望めば、それはジャスティーヌ自身が不幸になるだけでなく、アレクサンドラも不幸にしてしまうのだと。
 ジャスティーヌの涙の意味を分かっているのか、アレクサンドラはゆっくりとジャスティーヌのことを抱き寄せた。
「ねえ、ジャスティーヌ。よく聞いて。誰よりも愛してくれる殿下がいるのに、ジャスティーヌには他に何が必要なの? 私も、こうして戻ってきて、ちょっと王宮からは離れているけれど、ジャスティーヌの傍に居るのに。本当に、幼いころから貫き通した、この愛を投げ捨てて後悔しない? ジャスティーヌが本当に後悔しないのなら、私は一緒に所領の修道院に入ってもいいわ。私はジャスティーヌに幸せになってほしいけれど、修道院に入ることがジャスティーヌの幸せなら、それでもいい。だから、自分には絶対に嘘をつかないで。お願いだから、自分の心には嘘をつかないで」
 静かなアレクサンドラの言葉に、ジャスティーヌは何度も頷いた。
「私、私・・・・・・」
「殿下が好きなんでしょう?」
 アレクサンドラの言葉にジャスティーヌが頷いた。
「じゃあ、もう泣かないで。私のために泣かないで」
 ジャスティーヌは頭を横に振った。
「私は、後悔してないから。だって、アントニウス様はアレクシスだった私のこともすごく好きでいてくれているの」
 アレクサンドラの言葉にジャスティーヌが弾けたように身を離した。
「手紙にも書いてあったの。アレクシスが元気でいるか知りたいって。それに、ミケーレが、アントニウス様の執事ね。ミケーレがアントニウス様はアレクシスに別れを言えなかったこと、アレクシスとの思い出を思い出して、アレクシスに会いたがっていたって、話してくれたの。だから、アレクサンドラとしては妻になれなかったけれど、私はアレクシスとして、アントニウス様の中に友人として留まれるの。だから、私はしあわせよ」
 やっとジャスティーヌは泣き止むと、アレクサンドラが代わりに受け取ってきた可愛いピンク色のバラを手に取った。
「可愛らしい色ね。ジャスティーヌのイメージにぴったりの色だと思うわ」
「お礼の手紙を書かないと・・・・・・」
「そうだね。そろそろ、荷物も収まった頃だと思うから、私は自分の部屋に戻って着替えるわ」
 アレクサンドラは言うと、続きの間の扉を開けて自分の部屋へと戻った。


 まるでイルデランザになど行っていなかったかのように、完璧にアレクサンドラの部屋は整えられていた。
 呼び鈴を鳴らすとすぐにライラが姿を現した。
「ライラ、着替えたいの。なにか、ゆっくりくつろげるドレスを出して。もう、公爵家に居るわけじゃないから、普段着がいいわ」
 アレクサンドラの希望に合わせ、ライラは飾りも少なく、締め付けも緩くて着ることのできる普段用のドレスを取り出した。
「こちらでよろしいですか?」
「ええ、それでいいわ」
 アレクサンドラの返事を待ってライラはアレクサンドラの旅用のドレスを脱がせた。
 久しぶりに袖を通す普段用のドレスはゆったりとしていて、アレクサンドラは自分の家に帰ってきたのだと感じた。ドレスの布も公爵家で着ていた上質の布ではなく、刺繍も少ない身軽なドレスだった。
「ライラ、ありがとう。戦争中のイルデランザに行くなんて、怖かったでしょう? でも、これからは私ではなく、ジャスティーヌのことをお願い」
「かしこまりました」
 ライラは答えると、手早く片付けて部屋から出ていった。
 アレクサンドラはベッドの上に横になると、見慣れた自室の天井を見上げた。
「僕が公爵夫人なんて、無理がありすぎだよな」
 アレクシスの声が静かに響いた。
「そうね。私には、公爵夫人なんて、似合わないわ・・・・・・」
 アレクサンドラは言うと、アントニウスとの思い出を胸の奥に深くしまった。

☆☆☆