ルドルフが帰ってくるのを待たず、既にアレクサンドラの旅支度はほぼ終わりと言ってもよい状態になっていた。
 しかし、アレクサンドラについていくと言い張るライラと、アレクサンドラのイルデランザ行きがそもそも考え直すべき問題を含んでいると言い張るアリシアに、絶対に下女になっても行くと言い張るアレクサンドラ、イルデランザに行くべきと言い張るジャスティーヌで屋敷の中は詰めた荷物を解くもの、再び荷造りするもので、右往左往していた。
「旦那様のお帰りでございます」
 家令のコストナーの声に、四人四様で意見を述べていた四人がピタリと口を噤んだ。
「お父様、お帰りなさいませ」
 最初に口を開いたのは、ジャスティーヌだった。
「ジャスティーヌ、お前の勝ちだ。マリー・ルイーズ様のお許しを戴いた」
 ルドルフの言葉に、アリシアが目を吊り上げた。
「マリー・ルイーズ様が、アレクサンドラをアントニウス殿の婚約者候補として、お連れくださる。しかし、伯爵家の娘とはいえ、イルデランザの流儀には全く精通していないアレクサンドラだ、メイドになる覚悟であれば、私は行くのを許そう」
「そんな!」
 アリシアが声をあげたが、『それでかまいません』というアレクサンドラの声にかき消された。
「マリー・ルイーズ様は今晩出立なさる。直ちに支度を整え、お屋敷に向かうように」
 ルドルフはそれだけ言うと、何か言いたそうにしているアリシアの手を引き、サロンを後にした。
「ライラ、聞いた通りよ。メイドがメイドを連れて行くなんて、おかしな話だわ」
 アレクサンドラが言うと、ジャスティーヌが遮った。
「駄目よ、アレク。ライラはあなたが連れていかないと。私には、王宮から送られたメイドがついているんだから、あなたが連れていかなかったら、ライラが失業してしまうわ」
「左様でございます」
 ライラも言うと、二人がじっと見つめるので、アレクサンドラは仕方なく承諾するほかなかった。
「でも、ライラ、本当にいいの?」
「はい。私は、お嬢様方が嫁がれたら、どちらかのお屋敷についていくつもりでしたが、さすがに、王宮ではついて参れませんから、これからはアレクサンドラお嬢様について参ります」
 ライラは言うと、笑みを浮かべてサロンから出ていった。

「ああ、アレク。こんなに急に別れが来るなんて・・・・・・」
 ジャスティーヌは寂しそうにアレクサンドラの事を抱きしめた。
「ジャスティーヌ。私が婚約だなんて、現実のお話じゃないみたいだわ。それに、別れではないわ。ジャスティーヌは殿下に嫁ぎ、私はアントニウス様の元に・・・・・・距離が離れるだけよ」
 アレクサンドラは静かに言った。
「アレク、刺繍は針を使って危険だから、レース編みが良いわ。持って行って、アントニウス様の快癒を願って編むといいわ」
「レース編みね。それなら、指をささなくていいわ。でも、教えてくれるジャスティーヌが居なくて上達するかしら?」
「大丈夫よ。私たちは双子なんだから。アレクのは練習時間が足りないだけよ。それから、万が一の時のために、アレクシスだった時に使っていた剣を持って行った方が良いわ」
 ジャスティーヌの言葉にアレクサンドラが目を丸くした。
「今さら剣を? もう、振れないかもしれないよ」
「そうね、でも、旅の間に賊に襲われる可能性もあるし、持って行った方が良いと思うわ」
「わかった。ジャスティーヌがそう言うなら、そうする。・・・・・・そうだ、あの別れの日にアントニウス様が置いていらした上着、持って帰ってお返ししなくちゃ」
 アレクサンドラは言うと、ぎゅっとジャスティーヌを抱きしめ返した。
「大丈夫。みんな、アントニウス様が快癒することを祈っているから」
「ありがとう。じゃあ、支度に戻るね」
 アレクサンドラは言うと、ジャスティーヌから離れ自室へと戻った。