初恋の君に真紅の薔薇の花束を・・・

 突然のミケーレの訪問に、アレクサンドラは慌てて身支度を整えた。
 例え、アントニウスの執事とはいえ、アレクサンドラと二人っきりにすることはできないと、ライラがアレクサンドラと共にサロンに向かう事になった。


 階段を下り、サロンの扉を開けると、ミケーレが恐縮したように、直立不動の姿勢から深々と頭を下げた。
「ミケーレでしたね。わざわざ遠いところを・・・・・・。侯爵夫人のところへまっすぐに向かわず、寄り道などしてよろしかったのですか?」
 アレクサンドラが尋ねると、ミケーレは荷物の中から手紙の束を取り出した。
「こちらが、主が戦場で記したものでございます。それから、こちらが、主の上官にあたるヤニス・ペレス大佐からアレクサンドラ様にお渡しするように託された手紙でございます」
 ミケーレの言葉は、アレクサンドラの心臓を鷲掴みにするような衝撃を与えた。
 一体、何の用でアントニウスの上官が名前も知らないアレクサンドラに手紙を寄こしたのか、アレクサンドラにはわからないことだらけだったが、ミケーレは手紙をアレクサンドラに渡すと、丁寧にお礼を述べてすぐにアーチボルト邸を後にした。

 手紙の束を受け取ったアレクサンドラは、ライラに手伝ってもらって手紙の束を自室に運ぶと、文机の前に腰を下ろした。
 アントニウスの手紙から読むべきか、それとも、上官からの手紙を読むべきか、アレクサンドラはしばらく手紙を見つめて考えた。
 見るからに、上官からの手紙は綺麗で、最近記されたものだったが、アントニウスからの手紙は、明らかに多くの人の手を経たものに見えた。
「古い方から、読むべきだわね」
 封筒の後ろに投函されたであろう日の記されたアントニウスの手紙は、たぶんミケーレが整えたのだろう、すべて古い物から新しい物へと並んでいた。
 アレクサンドラは一番日付の古い手紙を取ると、封を開けた。
 懐かしいアントニウスの流れような文字、特徴があり、見たらすぐにアントニウスの文字だとわかる。そして、その内容は紛れもなく、アントニウスの書いたものだとわかる内容だった。
 あくまでも、最初に戦況に関することは書けないと但し書きのように書いてはじめられ、それから、壕での生活には楽しみがなく、いつもの事だが、時間があるといつもアレクサンドラの事を考えていると書かれていた。
 最初の手紙の束には、アレクサンドラに対する愛情表現の言葉が目立たなかったが、それは、検閲を考えての事だったのだろうが、ミケーレが持ってきた手紙には、少しずつではあったが、アレクサンドラに会えず寂しい思いをしていること、早く戦を終えてアレクサンドラに会いに行きたいと、そう綴られていた。
 日を追うごとに、寂しさと、会いたい思いが募っていくのが手紙から感じられた。
 読み進むごとに、アレクサンドラもアントニウスに会いたいと思うようになった。
 一緒に踊ったダンスの練習、社交界デビューの日のダンスよりもドキドキしたのを思い出す。しっかりとアレクサンドラの腰を捉えてくれた腕、華麗なターンを支えてくれた腕、フランツから守ってくれたあの広い背中、アレクサンドラは愛しいと語った唇。何もかもが懐かしくて、愛しくて、アレクサンドラは手紙を読みながら懐かしかった日々を思い出した。
 そして、最後に残った手紙が、アントニウスの上官からの手紙だった。
 その手紙の封筒には開封された跡があったが、投函された日付の書き込みはされていなかった。
「この手紙には、日付がないのね」
 アレクサンドラは呟いてから、宛先にも名前が書かれていないことに気が付いた。
「そうか、これは、きっとミケーレ宛てに送られて、それで宛先を確認するためにミケーレが開封したのね・・・・・・」
 呟きながら手紙を取り出したアレクサンドラは、小さく四つ折りにされた手紙を広げた。
 『アントニウスの想い人であられる方へ』と手紙ははじめられていた。
「アントニウス様ったら、まさか、色々な人に私の事を?」
 嬉しいような、恥ずかしいような、そんな気持ちで次の行に読み進んだアレクサンドラの心臓が凍り付いた。
 『私をかばい、アントニウスが被弾したこと、お詫びする言葉もできません』

(・・・・・・・・アントニウス様が、怪我をされた・・・・・・。上官の方が手紙を書いて寄こすなんて、まさか、アントニウス様が・・・・・・・・)

 目の前が暗くなり、アレクサンドラの意識は遠くなって行った。
 ガタンという音に驚き、ライラと家令がアレクサンドラの部屋に走りこんだ時、アレクサンドラは文机の近くの床に倒れて意識を失っていた。

☆☆☆