初恋の君に真紅の薔薇の花束を・・・

 翌日、公爵の言葉通り、アントニウスが戦地で認めた手紙の束と、ミケーレ宛ての手紙が一通届いた。
 ミケーレは、いつもの通り丁寧にアントニウスの手紙を整理し、アレクサンドラ宛ての手紙をまとめ、急ぎエイゼンシュタイン行きの支度をした。そして、床に入ろうとしたミケーレは、自分宛ての手紙があったことを思い出し封をあけた。
 その手紙は、ミケーレも面識のあるアントニウスが入隊した当時の指導役でもあった、ペレス大佐からだった。
 一執事であるミケーレにとって、主の上司からわざわざ手紙を貰う覚えはなかった。
 訝しみながらも、ミケーレが封を開けると、中には便せん一枚と、もう一つ小さな封筒が中にはいっていた。
 手紙を開くと、流れるような武骨な軍人らしい文字でミケーレにもう一つの封筒をアントニウスの想い人である女性に届くようにして欲しいと記されていた。そして、もし、手紙に書かれている中身が心配であれば、ミケーレが中身を確認しても構わないと書かれていた。
 本来ならば、アレクサンドラ宛てに書かれたと思われる手紙を開封することにはためらいがあったが、アントニウスに状況を確認できない以上、ミケーレはやはり中を改めるべきだと、もう一つの封筒の封を開けた。
 ミケーレ宛ての手紙と同じく、手紙は軍人らしい武骨な手で書かれていたが、それは自己紹介から始まっていた。
 アントニウスとの出会い、指導係として親しく過ごしたこと、それから、今回の戦争が始まり、共に戦っていたこと。そして、最後の一節、アントニウスがヤニスをかばって負傷したことに至り、ミケーレは手紙を持つ手が震えた。しかし、ヤニスの手紙は深い後悔と謝罪に満ちていた。本来、大公の甥にもあたるミケーレがヤニスのような身分の低いものをかばって負傷することなど、あってはいけない事だったと、何度も謝罪の言葉が記されていた。
 ミケーレは丁寧に手紙を畳むと、手紙を封筒に戻した。
 そして、アントニウスが記した手紙の束と一緒にペレスからの手紙をエイゼンシュタイン行きの荷物に詰めた。

 ミケーレが再び休みなしの強行軍でイルデランザからエイゼンシュタインに向かうのを見送る者はなく、ミケーレは一人馬車の中で目を閉じた。
 アントニウスが負傷し、未だに意識が戻らない状態で屋敷に戻されることを知ったら、マリー・ルイーズがどれほど悲しむだろうかと考えると、ミケーレはなんと伝えたらよいのか、言葉を探し続けた。
 本来ならば、エイゼンシュタインにあるザッカローネ公爵邸に最初に向かうのが筋であったが、アントニウスが怪我をして意識も戻らないことをマリー・ルイーズが知れば、手紙を届けることもできなくなる可能性も高い。そのため、敢えてミケーレは先にアーチボルト伯爵邸に向かい、アレクサンドラにペレスからの手紙を渡し、それから屋敷へ向かう事にした。


 久しぶりに見るアーチボルト伯爵邸は、とても美しく輝いていた。
 ミケーレが見慣れていたアーチボルト伯爵邸は、手入れが行き届いておらず、どこかくすんだ感じがしていたし、門番もいないに等しかった。門の近くの庭番小屋にいる庭番が門番を兼任していたくらいだった。
 しかし、丁寧に手の入れられた屋敷は太陽の光を受けて眩く輝き、その様子は美しく咲き誇る二人の令嬢のようだった。
 門番は王家からの差し向けらしく、ザッカローネ公爵家の紋章を見ると、すぐに門を開けてミケーレの乗った馬車を通してくれた。
 本当ならば、門番に手紙を預けるだけでよかったのだが、ミケーレは今一度アレクサンドラらに会い、目覚めたアントニウスにその様子を伝えたいと心から思っていた。

 車寄せに姿を現した家令に、約束もなく突然の訪問を詫び、可能であれば主であるアントニウスからの手紙を直接アレクサンドラに手渡したいと告げると、いったん家令は屋敷の中に下がり、次にメイドが姿を現してミケーレをサロンへと案内してれた。
 本来ならば、使用人なのでサロンに通してもらうのは筋違いなのだが、公爵家からの使いであること、イルデランザから来たばかりであることを察したらしい家令の計らいで、ミケーレはサロンで温かいお茶と甘いお菓子のもてなしを受けた。

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