いつもの様に長い祈りを終え、立ち上がったアレクサンドラはまっすぐに告解室の中に入った。そのアレクサンドラの姿を確認すると、フェルナンド神父が続いて告解室の扉をくぐった。
この神聖なる告解室の中で交わされた言葉は、神と神父と信徒の秘密であること、何人たりともこの告解の内容を知ることはできないこと。いつもの決まり文句ではあるが、フェルナンド神父が静かな声で言うと、アレクサンドラは無言で頷いた。
「どうなさったのですか? こうして、以前の様に毎日いらっしゃいますが、あなたは一言たりとも懺悔をされたことがありません。それは、私が未熟だからでしょうか?」
フェルナンド神父の言葉に、アレクサンドラは驚いたように顔をあげた。
「そんなことはございません。事は、伯爵家の存続にかかわること、そして、公爵家の名誉にかかわること。ましてや、今は姉のジャスティーヌと王太子殿下との婚約にもかかわること、どうしてそう簡単に口にすることができましょう。懺悔をしようとしても、私には、その言葉を発する勇気が湧いてこないのです」
アレクサンドラが言うと、フェルナンド神父がホッとしたような、残念そうな表情を浮かべたが、告解室をつなぐ小さな網付きの窓越しではアレクサンドラには見ることができなかった。
「この教会は、アーチボルト伯爵家所領の教会ですから、あなたが必要なだけ、こうして告解室でとどまっても誰も何も申しません。こうして、告解室で懺悔をしようと務めることであなたの心が穏やかになるのでしたら、私はそのお役に立ちたいと思っております」
「ありがとうございます。こうして、神父様がお話を聞いて下さると思うと、私の心は静かに穏やかになってまいります」
アレクサンドラは言うと、胸の前で手を組み、頭を下げた。
「神のご加護がございますように」
フェルナンド神父は祈るアレクサンドラに言うと、胸の前で十字を切った。
しばらくずっと黙したままのアレクサンドラが『ありがとうございました』と言って告解室の外に出ると、ライラの隣で馬蹄のコンラートが恐縮したように待っていた。
「ライラ、どうしたの?」
以前ならば、直接コンラートに質問したアレクサンドラだったが、アレクシスでない今、馬蹄のコンラートと屋敷の外で直接言葉を交わすことはできなかった。
「お嬢様、ザッカローネ公爵夫人からお茶のご招待が届いたそうでございます」
ライラは言うと、公爵家の紋章入りの豪華な封筒をアレクサンドラに手渡した。
お茶の招待状にしては、あまりにも立派過ぎて、夜会の招待状では思うくらいの封筒を開けると、公爵家と王家の紋章が並んでエンボス加工された分厚いカードに、流れるような美しい文字で『ぜひ、お茶にいらしてください』と書かれていた。
アントニウスが帰国し、一人エイゼンシュタインに残ったマリー・ルイーズも、開戦の知らせ以来、ロベルトのプロポーズのために催された夜会にさえ姿を現さなかった。
「ライラ、すぐに帰って支度をします」
アレクサンドラが言うと、ライラは『かしこまりました』と答え、すぐにコンラートに屋敷に戻ってそれを伝えるようにと指示を出した。
以前は、コンラートが馬蹄兼、御者を務めていたが、今では御者は新しく雇われ、更に王家とザッカローネ公爵家から一台ずつ送られたので、馬車だけで四台。一台は、伯爵専用。もう一台は家族で兼用だったが、王家から送られたものがジャスティーヌ専用。ザッカローネ公爵家から送られたものがアレクサンドラ専用になり、それぞれ馬車には御者もついて送られたので、なんだかんだとアーチボルト伯爵家の使用人の数は鼠算的に増えていた。そのせいで、屋敷の中で出会っても、どのメイドが誰で、どの下僕が誰なのか、アレクサンドラにはわからず、その都度ライラにあれは誰かと尋ねなくてはいけなくなってきていた。
特に、家政婦長や料理長、家令、伯爵の執事は姓で呼ぶことが多いが、下僕やメイド、侍女は名前で呼ぶことが習慣なので、向こうはアレクサンドラだとわかっても名前が呼べずに用を頼めないという不便な事も多かった。
この神聖なる告解室の中で交わされた言葉は、神と神父と信徒の秘密であること、何人たりともこの告解の内容を知ることはできないこと。いつもの決まり文句ではあるが、フェルナンド神父が静かな声で言うと、アレクサンドラは無言で頷いた。
「どうなさったのですか? こうして、以前の様に毎日いらっしゃいますが、あなたは一言たりとも懺悔をされたことがありません。それは、私が未熟だからでしょうか?」
フェルナンド神父の言葉に、アレクサンドラは驚いたように顔をあげた。
「そんなことはございません。事は、伯爵家の存続にかかわること、そして、公爵家の名誉にかかわること。ましてや、今は姉のジャスティーヌと王太子殿下との婚約にもかかわること、どうしてそう簡単に口にすることができましょう。懺悔をしようとしても、私には、その言葉を発する勇気が湧いてこないのです」
アレクサンドラが言うと、フェルナンド神父がホッとしたような、残念そうな表情を浮かべたが、告解室をつなぐ小さな網付きの窓越しではアレクサンドラには見ることができなかった。
「この教会は、アーチボルト伯爵家所領の教会ですから、あなたが必要なだけ、こうして告解室でとどまっても誰も何も申しません。こうして、告解室で懺悔をしようと務めることであなたの心が穏やかになるのでしたら、私はそのお役に立ちたいと思っております」
「ありがとうございます。こうして、神父様がお話を聞いて下さると思うと、私の心は静かに穏やかになってまいります」
アレクサンドラは言うと、胸の前で手を組み、頭を下げた。
「神のご加護がございますように」
フェルナンド神父は祈るアレクサンドラに言うと、胸の前で十字を切った。
しばらくずっと黙したままのアレクサンドラが『ありがとうございました』と言って告解室の外に出ると、ライラの隣で馬蹄のコンラートが恐縮したように待っていた。
「ライラ、どうしたの?」
以前ならば、直接コンラートに質問したアレクサンドラだったが、アレクシスでない今、馬蹄のコンラートと屋敷の外で直接言葉を交わすことはできなかった。
「お嬢様、ザッカローネ公爵夫人からお茶のご招待が届いたそうでございます」
ライラは言うと、公爵家の紋章入りの豪華な封筒をアレクサンドラに手渡した。
お茶の招待状にしては、あまりにも立派過ぎて、夜会の招待状では思うくらいの封筒を開けると、公爵家と王家の紋章が並んでエンボス加工された分厚いカードに、流れるような美しい文字で『ぜひ、お茶にいらしてください』と書かれていた。
アントニウスが帰国し、一人エイゼンシュタインに残ったマリー・ルイーズも、開戦の知らせ以来、ロベルトのプロポーズのために催された夜会にさえ姿を現さなかった。
「ライラ、すぐに帰って支度をします」
アレクサンドラが言うと、ライラは『かしこまりました』と答え、すぐにコンラートに屋敷に戻ってそれを伝えるようにと指示を出した。
以前は、コンラートが馬蹄兼、御者を務めていたが、今では御者は新しく雇われ、更に王家とザッカローネ公爵家から一台ずつ送られたので、馬車だけで四台。一台は、伯爵専用。もう一台は家族で兼用だったが、王家から送られたものがジャスティーヌ専用。ザッカローネ公爵家から送られたものがアレクサンドラ専用になり、それぞれ馬車には御者もついて送られたので、なんだかんだとアーチボルト伯爵家の使用人の数は鼠算的に増えていた。そのせいで、屋敷の中で出会っても、どのメイドが誰で、どの下僕が誰なのか、アレクサンドラにはわからず、その都度ライラにあれは誰かと尋ねなくてはいけなくなってきていた。
特に、家政婦長や料理長、家令、伯爵の執事は姓で呼ぶことが多いが、下僕やメイド、侍女は名前で呼ぶことが習慣なので、向こうはアレクサンドラだとわかっても名前が呼べずに用を頼めないという不便な事も多かった。



