前線からの知らせを受けたザッカローネ公爵、アラミス・メルクーリは、家令に命じて密かにミケーレを執務室へと呼んだ。
 ノックの音に『入りなさい』と短く返事をすると、扉を開けてかしこまったミケーレが姿を現した。
「旦那様、お呼びでございますか?」
 もともと、ザッカローネ公爵家の使用人ではなく、嫁いできたマリー・ルイーズに付き従ってエイゼンシュタインからやってきたミケーレが家長であるアラミスに呼ばれることはまれだった。
「よく来た。座りなさい」
 椅子を勧めるアラミスに、ミケーレは首を傾げそうになりながら、勧められた椅子に腰を下ろした。
「じつは、前線から知らせがあった」
 感情を表に出さないアラミスの言葉に、ミケーレは背中を冷たいものが流れていくのを感じた。
「アントニウスが怪我をしたらしい」
「アントニウス様が!」
 思わず立ち上がったミケーレに、アラミスは再度手ぶりで座る様に促した。
「前線ではこれ以上の治療は難しいと、近々、屋敷に戻されることが決まった。しかし、その代わりというのもなんだが、私も前線に赴き、アントニウスに怪我を負わせた蛮族どもに一矢報いてやらなくてはならないと、大公とお話をした。そこでだが、家の事は全て家令のクレメンティに任せていくが、お前には、マリー・ルイーズを迎えにエイゼンシュタインまで行ってもらいたい」
 公爵は一切声音を変えずに話していたが、ミケーレは『マリー・ルイーズ』と公爵が言った時の一瞬の躊躇から、アントニウスの様態が芳しくないことを察した。
「かしこまりました。では、すぐに支度を致します」
 ミケーレは言うと、立ち上がろうとした。
「明日、前線からアントニウスの書いた手紙が届くそうだ。あの山のような手紙のほとんどはお前宛だが、お前が手紙の束をまとめてエイゼンシュタインに送っていることは聞き及んでいる。相手は、アントニウスがプロポーズしたというどこぞの令嬢だな?」
「はい、左様でございます。先日、奥様よりご連絡がございました。その後令嬢の双子の姉君が王太子ロベルト様と正式にご婚約されたとの事でございます」
 ミケーレが答えると、アラミスは目を見張った。
「ということは、もし、アントニウスがその令嬢と結婚すれば、アントニウスと未来のエイゼンシュタイン国王が義理の兄弟になるという事か?」
「はい、左様でございます」
 何も話を聞こうとしなかった自分も悪かったが、そんな重要な事を知らないままアントニウスを最前線に送った事をアラミスは呪った。
「では、明日、あれの書いた手紙が届いたら、それを以てエイゼンシュタインに向かうように」
「かしこまりました」
 ミケーレは答えると、椅子から立ち上がり深々と一礼して公爵の執務室を後にした。
 何度読み返してみても、マリー・ルイーズからの手紙には、素晴らしいレディだとは書かれていたが、それがイルデランザの政治的に重要な役割を果たす家柄であるという事は一切かかれておらず、王太子ロベルトの婚約の話と並行して書かれてはいるものの、肝心の二人のレディが双子の姉妹であることも書かれてはいなかった。それでも、アントニウスを呼び戻した後の手紙には、もう少しでアントニウスが身を固め、しっかりと公爵家の嫡男として責任ある立場に立てるようになったものを急に呼び戻し、すべてが水の泡になったらどうするというような、恨み言ばかりが綴られていた。

(・・・・・・・・アントニウスと皇嗣のシザリオン様とは従弟も同じ。そして、エイゼンシュタインの王太子ロベルト殿ともアントニウスは従弟も同じ。そして、二人の妻が双子で姉妹だとしたら、長い間、イルデランザが求めていたより強固なエイゼンシュタインとの関係が自然と築けたというのか・・・・・・。いや、まだ終わったわけではない。戦地で十分な医療が受けられなないからで、屋敷に呼び戻し、大公が差し向けてくださる侍医達の治療を受ければ、絶対にアントニウスは良くなる・・・・・・・・)

 アラミスは考えると、後を任せる家令のクレメンティへの指示と、アントニウスが怪我をしたと知った時に取り乱すであろうマリー・ルイーズ宛の手紙を認めた。

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