久しぶりに訪れるアーチボルト伯爵家の屋敷は、以前とは見違えるほどに整えられ、門扉も不審な輩が忍び込まないようにと、頑強な物に据え替えられ、王妃が手配したと思われる近衛の数人がしっかりと門の前を固めていた。
当然の事ながら、エイゼンシュタインの屋敷にある馬車には、ザッカローネ公爵家の家紋と、王族であったマリー・ルイーズの正式な紋章が飾られた馬車の二種類が整えられているが、エイゼンシュタインの王族ではないアントニウスが使用するのはザッカローネ公爵家の紋章を掲げた馬車なので、見慣れないものから見れば、不審な馬車とも言えたが、さすがに近衛の面々はザッカローネの紋章も見覚えているので、すぐに馬を避け馬車を通してくれた。
顔見知りの門番が慌てて門を開け、アントニウスを通してくれた。
アレクサンドラの婚約者でもないのに、ただの友人の身で約束も取らずに突然訪ねてきたことを近衛は不振に思わないだろうかと、アントニウスは門を通り抜けてから考えた。それに、現在のような状況で、アーチボルト伯爵に自分が歓迎されるかどうかも怪しいものだと、アントニウスはため息をこぼした。
きれいに整えられた門からの道を進み、しばらく進むと伯爵邸が視界に入ってきた。
温かいクリーム色を思わせる外壁に、アクセントのように散りばめられた窓と飾りは、すべて綺麗に磨かれ、かつて屋敷が建てられた当時のように美しさを取り戻しているのではないかとアントニウスは思った。
王宮を出る前に、御者に約束をとらずの突然の訪問であること、丁寧にお願いし、一目だけでも伯爵にお目通り戴きたいと丁寧にお願いするようにと指示をしてあったので、あとは御者かアーチボルト伯爵家の家令にその旨を伝え、家令が答えをもって帰ってくるのを馬車の中で待てばいいだけだった。
屋敷の正面玄関手前に馬車を停めた御者が扉をノックする前に、アントニウスもよく知っているアーチボルト伯爵家の家令が扉を開けて挨拶をした。
離れているので、二人の会話は聞こえなかったが、命じられたとおりに御者が丁寧に主であるアントニウスの願いを伝えていることは、その気配で感じることができた。
二言三言、家令から言葉を受けた御者が慌てて馬車に戻ってくると、馬車を正面玄関の前に横付けした。
どうしたものかとアントニウスが思案していると、すぐに馬車の扉が開けられ、御者が降車を促す位置に立った。
「私は、御都合を尋ねるようにと命じたはずだが?」
あくまでも押しかけてきて、いきなり屋敷の中に招き入れてもらうつもりのないことを家令に聞こえるように口にしたアントニウスだったが、馬車から降りようとしないアントニウスを招き入れるため、家令が玄関前の石段を下り、馬車の前まで進み出てきた。
「おひさしぶりでございます、ファーレンハイト伯爵」
丁寧な物腰であいさつを受け、更に屋敷へと招き入れるようとする家令に、アントニウスはお礼を言いながら馬車を降りた。
「ただ今、伯爵は奥様とジャスティーヌお嬢様と執務室の方にいらっしゃいますので、すぐに私がお声をかけてまいります。それまで、どうかサロンの方でお寛ぎくださいませ」
「いや、だが、今日は約束もなく、いきなり訪ねてきた無礼は私の方。伯爵のお許しもなく勝手にサロンに入らせていただくわけにはいかない。どうか、ここで、このホールで待たせて欲しい」
アントニウスの言葉に、家令は少し困った表情を浮かべたが『それでは』と言いおいて、屋敷の奥へと進んでいった。
ゆっくりとホールを見回すと、美しく磨きあげられた屋敷のホールは、初めて訪れる屋敷のようだった。
少ない使用人では手が回らず、蝋燭の煤でぼんやりと曇っていたガラスがすべて磨かれ、キラキラと眩い輝きを湛えていた。
「アントニウス様!」
予想していなかったジャスティーヌの登場に、思わずアントニウスはロベルトの怒りを買うなと、次に逢った時にどんな目にあわされるかと考えながら、これから前線に赴く自分が次にロベルトに会うことが叶うのだろうかと、次の瞬間には考えを改めた。
「これは、ジャスティーヌ嬢、お久しぶりにお目にかかります」
「あまりお姿を拝見しないので、お国に帰られたのかと、心配しておりました」
ジャスティーヌの言葉に、もしかして敏いジャスティーヌは既にイルデランザとポレモスが戦争状態に入ろうとしていることを知っているのではと、どきりとした。
「すぐに、アレクサンドラを読んでまいりますわ」
そう言ってすぐに去ろうとするジャスティーヌの腕を不躾とは思いながら掴んだ。
「少しだけでいいので、お時間を戴けませんか?」
アントニウスの言葉に、ジャスティーヌはコクリと頷いた。
ジャスティーヌの腕を話すと、アントニウスはジャスティーヌに向き直った。
「先程、ロベルトと話しました」
「・・・・・・・・」
アントニウスの言葉に、ジャスティーヌは何も言わなかった。
「ロベルトは、心からあなたの事を愛しています。それは、幼い頃から一緒に過ごした私が一番よく知っています。彼は、小さい頃からずっとあなたとの出会いを私にだけは話してくれていました。だから、どうか、ロベルトの事を王太子としてだけではなく、ただの一人の男として、あなたを愛し続ける一人の男として見ることだけを考えてみてください。彼は、あなたを愛する一人の男として、王太子としての立場の狭間で苦しんでいます。少しだけでもいいので、そのことを考えてあげてください。彼は、あなたが嫌がるような真似はしたくないと、なんとかあなたとの関係を修復したいと悩んでいます」
「ありがとうございます。アントニウス様。殿下のお気持ちは、私もわかっているつもりです。でも、家族の事を考えると、もうどうしていいのか・・・・・・。それよりも、アントニウス様は、アレクサンドラの事をどのようにお考えなのですか? アレクに訊いても、何も教えてくれないので・・・・・・」
ジャスティーヌは言うと俯いた。
「今日は、伯爵にご挨拶に伺ったので、後でアレクサンドラ嬢がお嫌でなければ、お目にかかりたいと思っています」
「では、父の所まで案内させていただきます」
ジャスティーヌは言うと、アントニウスの前に立ち、父の執務室の方へと歩き始めた。
廊下を進む途中で夫人のセシリアに出会い、アントニウスは挨拶を交わし、セシリアからの低調なお礼の言葉を聞いた。
伯爵の執務室に招き入れられ、アントニウスは伯爵と握手を交わし、勧められるままに席に着いた。
☆☆☆
当然の事ながら、エイゼンシュタインの屋敷にある馬車には、ザッカローネ公爵家の家紋と、王族であったマリー・ルイーズの正式な紋章が飾られた馬車の二種類が整えられているが、エイゼンシュタインの王族ではないアントニウスが使用するのはザッカローネ公爵家の紋章を掲げた馬車なので、見慣れないものから見れば、不審な馬車とも言えたが、さすがに近衛の面々はザッカローネの紋章も見覚えているので、すぐに馬を避け馬車を通してくれた。
顔見知りの門番が慌てて門を開け、アントニウスを通してくれた。
アレクサンドラの婚約者でもないのに、ただの友人の身で約束も取らずに突然訪ねてきたことを近衛は不振に思わないだろうかと、アントニウスは門を通り抜けてから考えた。それに、現在のような状況で、アーチボルト伯爵に自分が歓迎されるかどうかも怪しいものだと、アントニウスはため息をこぼした。
きれいに整えられた門からの道を進み、しばらく進むと伯爵邸が視界に入ってきた。
温かいクリーム色を思わせる外壁に、アクセントのように散りばめられた窓と飾りは、すべて綺麗に磨かれ、かつて屋敷が建てられた当時のように美しさを取り戻しているのではないかとアントニウスは思った。
王宮を出る前に、御者に約束をとらずの突然の訪問であること、丁寧にお願いし、一目だけでも伯爵にお目通り戴きたいと丁寧にお願いするようにと指示をしてあったので、あとは御者かアーチボルト伯爵家の家令にその旨を伝え、家令が答えをもって帰ってくるのを馬車の中で待てばいいだけだった。
屋敷の正面玄関手前に馬車を停めた御者が扉をノックする前に、アントニウスもよく知っているアーチボルト伯爵家の家令が扉を開けて挨拶をした。
離れているので、二人の会話は聞こえなかったが、命じられたとおりに御者が丁寧に主であるアントニウスの願いを伝えていることは、その気配で感じることができた。
二言三言、家令から言葉を受けた御者が慌てて馬車に戻ってくると、馬車を正面玄関の前に横付けした。
どうしたものかとアントニウスが思案していると、すぐに馬車の扉が開けられ、御者が降車を促す位置に立った。
「私は、御都合を尋ねるようにと命じたはずだが?」
あくまでも押しかけてきて、いきなり屋敷の中に招き入れてもらうつもりのないことを家令に聞こえるように口にしたアントニウスだったが、馬車から降りようとしないアントニウスを招き入れるため、家令が玄関前の石段を下り、馬車の前まで進み出てきた。
「おひさしぶりでございます、ファーレンハイト伯爵」
丁寧な物腰であいさつを受け、更に屋敷へと招き入れるようとする家令に、アントニウスはお礼を言いながら馬車を降りた。
「ただ今、伯爵は奥様とジャスティーヌお嬢様と執務室の方にいらっしゃいますので、すぐに私がお声をかけてまいります。それまで、どうかサロンの方でお寛ぎくださいませ」
「いや、だが、今日は約束もなく、いきなり訪ねてきた無礼は私の方。伯爵のお許しもなく勝手にサロンに入らせていただくわけにはいかない。どうか、ここで、このホールで待たせて欲しい」
アントニウスの言葉に、家令は少し困った表情を浮かべたが『それでは』と言いおいて、屋敷の奥へと進んでいった。
ゆっくりとホールを見回すと、美しく磨きあげられた屋敷のホールは、初めて訪れる屋敷のようだった。
少ない使用人では手が回らず、蝋燭の煤でぼんやりと曇っていたガラスがすべて磨かれ、キラキラと眩い輝きを湛えていた。
「アントニウス様!」
予想していなかったジャスティーヌの登場に、思わずアントニウスはロベルトの怒りを買うなと、次に逢った時にどんな目にあわされるかと考えながら、これから前線に赴く自分が次にロベルトに会うことが叶うのだろうかと、次の瞬間には考えを改めた。
「これは、ジャスティーヌ嬢、お久しぶりにお目にかかります」
「あまりお姿を拝見しないので、お国に帰られたのかと、心配しておりました」
ジャスティーヌの言葉に、もしかして敏いジャスティーヌは既にイルデランザとポレモスが戦争状態に入ろうとしていることを知っているのではと、どきりとした。
「すぐに、アレクサンドラを読んでまいりますわ」
そう言ってすぐに去ろうとするジャスティーヌの腕を不躾とは思いながら掴んだ。
「少しだけでいいので、お時間を戴けませんか?」
アントニウスの言葉に、ジャスティーヌはコクリと頷いた。
ジャスティーヌの腕を話すと、アントニウスはジャスティーヌに向き直った。
「先程、ロベルトと話しました」
「・・・・・・・・」
アントニウスの言葉に、ジャスティーヌは何も言わなかった。
「ロベルトは、心からあなたの事を愛しています。それは、幼い頃から一緒に過ごした私が一番よく知っています。彼は、小さい頃からずっとあなたとの出会いを私にだけは話してくれていました。だから、どうか、ロベルトの事を王太子としてだけではなく、ただの一人の男として、あなたを愛し続ける一人の男として見ることだけを考えてみてください。彼は、あなたを愛する一人の男として、王太子としての立場の狭間で苦しんでいます。少しだけでもいいので、そのことを考えてあげてください。彼は、あなたが嫌がるような真似はしたくないと、なんとかあなたとの関係を修復したいと悩んでいます」
「ありがとうございます。アントニウス様。殿下のお気持ちは、私もわかっているつもりです。でも、家族の事を考えると、もうどうしていいのか・・・・・・。それよりも、アントニウス様は、アレクサンドラの事をどのようにお考えなのですか? アレクに訊いても、何も教えてくれないので・・・・・・」
ジャスティーヌは言うと俯いた。
「今日は、伯爵にご挨拶に伺ったので、後でアレクサンドラ嬢がお嫌でなければ、お目にかかりたいと思っています」
「では、父の所まで案内させていただきます」
ジャスティーヌは言うと、アントニウスの前に立ち、父の執務室の方へと歩き始めた。
廊下を進む途中で夫人のセシリアに出会い、アントニウスは挨拶を交わし、セシリアからの低調なお礼の言葉を聞いた。
伯爵の執務室に招き入れられ、アントニウスは伯爵と握手を交わし、勧められるままに席に着いた。
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