何を言われても窓の外を見つめるだけで答えようとしないジャスティーヌに、さすがに父であるルドルフも業を煮やして机を叩いた。
「聞いているのかジャスティーヌ!」
 しかし、隣に座っているセシリアがすぐに護りに入った。
「ジャスティーヌだって苦しい立場なのです。あなたが苦しい立場なのもわかりますが、父親であることもお忘れにならないでください」
 ジャスティーヌの前に立ちはだかるセシリアに、ルドルフは仕方なく口を閉じた。
 さすがに、王太子からの手紙を開封せずに送り返していることは、口の軽い、大臣たちに買収されている侍従たちの口から耳に入り、リカルド三世の知らないところでルドルフに対するバッシングは激しくなる一方で、ルドルフとしてもジャスティーヌ可愛さにのらりくらりでのりきるのも、いい加減困難な状況になっていた。
 ジャスティーヌとて、ロベルトのことが嫌いになったわけではなく、加熱する王族と貴族たちとの小競り合いや、排斥されて家が傾いていく貴族たちの様子や聞こえてくる王家への非難に耐えられなくなったというのが、本当のところだった。
 自分が身を引けば、すべてが元に戻るのではと、どんなに素敵なプレゼントも、分厚いロベルトからの手紙も、封を開けてしまったら気持ちが揺らぎ、決心が鈍りそうで封もあけずに謝罪の手紙を添えて送り返したが、弱小伯爵家の娘風情が王太子からの手紙を開封せずに送り返したということは、少なからず王太子付きの侍従たちの反感を買ったことは言うまでもなかった。
ロベルトに近い侍従たちであれば、どれほどロベルトかジャスティーヌの事を愛しているのか、未開封で返された手紙に心を打ち砕かれているロベルトの姿に、なんとかジャスティーヌとのことを取り持つ手立てはないかと考えているが、距離が離れ、身分が低くなればなるほど、ロベルトの気持ちに気付かず、家柄や身分というものにとらわれがちになるものだった。

「ごめんなさい、お父様。私の殿下を想う気持ちには変わりはございません。ですが、やはり、私のような者が殿下の妻になるなんて、許されることではありませんわ」
 ジャスティーヌは言うと、窓の外を見つめるのをやめて俯いた。
「ジャスティーヌ、お前と殿下との見合い、そして、アレクサンドラかお前のどちらかが殿下と婚約することは陛下が決められたことだ。あれは勅命だった。勅命の意味がわかるな?」
 ルドルフの言葉に、ジャスティーヌは小さく頷いた。
 たとえ読まずに手紙を送り返すことができたとしても、勅命である限り、国王陛下がロベルトに見合いの結果を迫り、ロベルトがアレクサンドラを選ぶことがない以上、見合いの結果が決まれば、ジャスティーヌが望むと望まないのにかかわらず、勅命の結果である見合いの結果として、ロベルトから深紅のバラの花が贈られれば、それは、ジャスティーヌが王太子妃になることを意味するのだ。
「その時が来たら、陛下のご命令には従います。誰に何と言われようと、陛下のご命令に従います。それが、ロベルト殿下との婚約ならば、婚約いたします。私が幼いころから殿下の事を想い続けていたことは事実です。ですが、そのことで、お父様やお母様、アレクが不幸になることを防げなくなることだけが気がかりです」
「そんなことは心配しなくていい。私は、父として、お前に幸せになってもらいたいと思っている」
「ありがとうございます。お父様・・・・・・」
 俯きながら言うジャスティーヌの肩をセシリアがぎゅっと抱き寄せたところに、ノックの音がした。
「入りなさい」
 ルドルフが言うと、静かに扉が開き、家令がアントニウス・ファーレンハイト伯爵が訪ねてきたことを伝えた。

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