アリシアが倒れたことは、すぐに社交界で知らないものが居ないほどの勢いで広まっていった。中には、弱小伯爵家の分際で、娘を王太子妃にしようなどと、分不相応な事を考えるから、無理が祟ったのだなどという、心無い噂も社交界に流れるようになり、当然のことながら、その心無い噂の出どころも、広げた面々の名前も、国王以下、皇后、王太子、並びに王族の知るところとなった。
「ルドルフの妻、アリシアが倒れたことに関して、心無い噂が社交界で流れていると耳にした。国王として、またロベルトの父として、このような心無い噂を広げるものを許すことはできない」
国王からの召喚に応じて王族だけが立ち入ることのできる王宮内のサロンに集められた王族一同は、静かに国王の言葉に耳を傾けた。
「もともと、見合いの話を持ち出したのも私であり、ルドルフから頼まれたわけではない。そして、見合いの相手に選んだアレクサンドラではなく、ジャスティーヌの事を愛していると私に告白したのはロベルトの方、決してアーチボルト伯爵家にはこのような批難を受ける謂われはない。よって、このような悪意ある噂を流すものに対して、一致団結し、確固とした態度を見せる必要がある。この噂にかかわった者たちの名を回覧する故、王族主催のサロン、夜会、お茶会、すべての招待リストから外すように。また、招待を受けて参加した場合も、言葉を交わすことは一切ならん」
国王の言葉に反駁するものは一人もなく、その決断に全員が無言で従う意志を示した。
王族の一人として出席していたマリー・ルイーズは、従兄の決断にうっとりとした表情で何度も頷いた。
「お兄様、このことは我が一族にも申し伝えさせていただきます。お兄様に逆らう者たちは、国賊。エイゼンシュタインの貴族といえども、ザッカローネ公爵家に仇をなしたも同じ。そのように、私も一族に申し伝えます。何しろ、ジャスティーヌさんの妹であるアレクサンドラさんは、私の愚息が妻にと望む相手。お兄様に逆らう者たちには、イルデランザにもいる場所がないことを思い知らせてあげましょう」
マリー・ルイーズの言葉に、やり過ぎではないかと考える者も少なくはなかったが、もし本当にアレクサンドラがアントニウスに嫁ぎ、両国間の平和が今後も続くのであれば、それは王族として望む最高の平和であり、それぞれマリー・ルイーズの言葉に意見したいという思いはあったが、それを言葉にする者はいなかった。
「急な呼び出しにもかかわらず、このように集まってくれた皆の者に感謝する」
リカルド三世が締めくくりの言葉を述べると、皆一礼してサロンから立ち去って行ったが、マリー・ルイーズだけはその場に残り、リカルド三世と話す機会を狙っていた。
「お兄様、私の方でアーチボルト伯爵家への支援を取りまとめたいと思うのですが、よろしいでしょうか?」
マリー・ルイーズの言葉にリカルド三世は頭を縦に振らなかった。
「お兄様?」
「マリー・ルイーズ、そなたは嫁いだ身。既にイルデランザの者。表立って国内で動くことは許せない。ルドルフのところへどのような支援を行うかは、一切王妃に任せる。そなたは手出しすることは許可できぬ。これは、エイゼンシュタイン国王としてではなく、従兄としての言葉、従うように」
リカルド三世の言葉に納得してはいなかったが、マリー・ルイーズとて王妃の顔を立てることに異存はなかったので、その場は『かしこまりました』と言って引き下がった。
マリー・ルイーズが去るのを見送ったのち、リカルド三世は大きなため息をついた。
「父上、どうなさったのですか?」
心配げに問うロベルトに、リカルド三世はもう一度ため息をついた。
「まったく、マリー・ルイーズにも困ったものだ」
「と、おっしゃいますと?」
「一同の前でアントニウスとアレクサンドラの話まで持ち出すとは。これでは、もしアレクサンドラがアントニウスとの結婚に承諾しなかった時、アレクサンドラを快く思わない王族が出てくる可能性を作ってしまったのだぞ。ましてや、他の男に嫁ぎでもしたら、一族が王族から睨まれる事態を招く恐れまである。しかもだ、姉であるジャスティーヌはそなたの妃、表立っては何もできないのだから、裏でコソコソと嫌がらせをされる可能性まで出てくる」
父の言葉にロベルトは言葉が出てこなかった。もし、あの妹想いのジャスティーヌが妹の嫁いだ一族が王族から嫌がらせを受けていると知ったら、どれほど心を痛めるだろうかと、考えるだけでロベルトは胸が苦しくなった。
「だからといって、アレクサンドラに何が何でもアントニウスに嫁げなどという王命を下すつもりなど全くない」
父の言葉を喜ぶべきなのか、流石だと感激するべきなのか、それとも最大多数の幸せのためにアレクサンドラに苦しい決断をしてくれるように話すべきだと自分が考えているのか、ロベルト自身にもはっきりとは分からなかった。
「とにかく、アリシアの事を悪く言う輩はただでは置かない」
威厳に満ちた父の言葉に、ロベルトは深々と頭を下げた。
☆☆☆
「ルドルフの妻、アリシアが倒れたことに関して、心無い噂が社交界で流れていると耳にした。国王として、またロベルトの父として、このような心無い噂を広げるものを許すことはできない」
国王からの召喚に応じて王族だけが立ち入ることのできる王宮内のサロンに集められた王族一同は、静かに国王の言葉に耳を傾けた。
「もともと、見合いの話を持ち出したのも私であり、ルドルフから頼まれたわけではない。そして、見合いの相手に選んだアレクサンドラではなく、ジャスティーヌの事を愛していると私に告白したのはロベルトの方、決してアーチボルト伯爵家にはこのような批難を受ける謂われはない。よって、このような悪意ある噂を流すものに対して、一致団結し、確固とした態度を見せる必要がある。この噂にかかわった者たちの名を回覧する故、王族主催のサロン、夜会、お茶会、すべての招待リストから外すように。また、招待を受けて参加した場合も、言葉を交わすことは一切ならん」
国王の言葉に反駁するものは一人もなく、その決断に全員が無言で従う意志を示した。
王族の一人として出席していたマリー・ルイーズは、従兄の決断にうっとりとした表情で何度も頷いた。
「お兄様、このことは我が一族にも申し伝えさせていただきます。お兄様に逆らう者たちは、国賊。エイゼンシュタインの貴族といえども、ザッカローネ公爵家に仇をなしたも同じ。そのように、私も一族に申し伝えます。何しろ、ジャスティーヌさんの妹であるアレクサンドラさんは、私の愚息が妻にと望む相手。お兄様に逆らう者たちには、イルデランザにもいる場所がないことを思い知らせてあげましょう」
マリー・ルイーズの言葉に、やり過ぎではないかと考える者も少なくはなかったが、もし本当にアレクサンドラがアントニウスに嫁ぎ、両国間の平和が今後も続くのであれば、それは王族として望む最高の平和であり、それぞれマリー・ルイーズの言葉に意見したいという思いはあったが、それを言葉にする者はいなかった。
「急な呼び出しにもかかわらず、このように集まってくれた皆の者に感謝する」
リカルド三世が締めくくりの言葉を述べると、皆一礼してサロンから立ち去って行ったが、マリー・ルイーズだけはその場に残り、リカルド三世と話す機会を狙っていた。
「お兄様、私の方でアーチボルト伯爵家への支援を取りまとめたいと思うのですが、よろしいでしょうか?」
マリー・ルイーズの言葉にリカルド三世は頭を縦に振らなかった。
「お兄様?」
「マリー・ルイーズ、そなたは嫁いだ身。既にイルデランザの者。表立って国内で動くことは許せない。ルドルフのところへどのような支援を行うかは、一切王妃に任せる。そなたは手出しすることは許可できぬ。これは、エイゼンシュタイン国王としてではなく、従兄としての言葉、従うように」
リカルド三世の言葉に納得してはいなかったが、マリー・ルイーズとて王妃の顔を立てることに異存はなかったので、その場は『かしこまりました』と言って引き下がった。
マリー・ルイーズが去るのを見送ったのち、リカルド三世は大きなため息をついた。
「父上、どうなさったのですか?」
心配げに問うロベルトに、リカルド三世はもう一度ため息をついた。
「まったく、マリー・ルイーズにも困ったものだ」
「と、おっしゃいますと?」
「一同の前でアントニウスとアレクサンドラの話まで持ち出すとは。これでは、もしアレクサンドラがアントニウスとの結婚に承諾しなかった時、アレクサンドラを快く思わない王族が出てくる可能性を作ってしまったのだぞ。ましてや、他の男に嫁ぎでもしたら、一族が王族から睨まれる事態を招く恐れまである。しかもだ、姉であるジャスティーヌはそなたの妃、表立っては何もできないのだから、裏でコソコソと嫌がらせをされる可能性まで出てくる」
父の言葉にロベルトは言葉が出てこなかった。もし、あの妹想いのジャスティーヌが妹の嫁いだ一族が王族から嫌がらせを受けていると知ったら、どれほど心を痛めるだろうかと、考えるだけでロベルトは胸が苦しくなった。
「だからといって、アレクサンドラに何が何でもアントニウスに嫁げなどという王命を下すつもりなど全くない」
父の言葉を喜ぶべきなのか、流石だと感激するべきなのか、それとも最大多数の幸せのためにアレクサンドラに苦しい決断をしてくれるように話すべきだと自分が考えているのか、ロベルト自身にもはっきりとは分からなかった。
「とにかく、アリシアの事を悪く言う輩はただでは置かない」
威厳に満ちた父の言葉に、ロベルトは深々と頭を下げた。
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