初恋の君に真紅の薔薇の花束を・・・

 自己嫌悪に苛まれながら屋敷に戻ったアントニウスを待っていたのは、ゆったりとリラックスできるアロマ・バスでも、執事が気を利かせて用意した軽食とシェリーではなく、したり顔の母だった。
「母上、まだお休みではなかったのですか?」
 思わず開口一番にそう言ったアントニウスに、マリー・ルイーズは『失礼な!』という表情を浮かべた。
「そんなに早寝をする年寄りではなくてよ」
 マリー・ルイーズの怒りは、ある意味もっともで、本当の意味で夜会を堪能していたら、まだまだ王宮にいる時間だったが、昼間の謁見から疲れているであろうアレクサンドラを想い、早めにアントニウスたちが引き上げただけで、いつもならアントニウスも帰宅しているような時間ではなかった。
「失礼しました母上。それにしては、ずいぶん早いお帰りですね」
 アントニウスが言い直すと、マリー・ルイーズはにっこりと笑って向かいのソファーを指さした。
 従順な息子ではないが、さすがにアレクサンドラに求婚するのに無爵では格好がつかないだろうと、渋っていただろう父からファーレンハイト伯爵という爵位をもぎ取ってきてくれた母には頭が上がらなかった。
「そう、で、どんな具合なの?」
 アントニウスが座るのも待てないようで、マリー・ルイーズはすぐい問いかけてきた。
「どうって、特に、どうも・・・・・・」
 何もないのだから、何も話しようがないのだが、マリー・ルイーズは違う意味で撮ったようだった。
「良いこと、今更、あなたのレディとのお付き合いの方法に口を出すつもりはなくてよ。でも、お従兄様もこのお話には賛成だとわかったのだから、母としてある程度の事は知っておきたいのよ」
 『あれだけ盛大に浮名を流しておいて、いまさらお子様ぶるな』と言わんばかりの母の言葉に、アントニウスは再び頭を抱えたくなった。
「お従兄様ではなく、国王陛下でしょう? 母上は他国に嫁いだ身なのですから」
 話題をすり替えようと、つまらない隅をつついてみたものの、そんなことに引っ掛かる母ではなかった。
「お兄様も、次期国王の妃の妹が、次期大公補佐の妻になるのは両国の関係を考えると望ましいとおっしゃっていらしたわ」
 ウキウキと話す母に、国王陛下がもし同じような話をアーチボルト伯爵にしたとしたら、きっと伯爵は国王陛下からの話だと、アレクサンドラに不要なプレッシャーを与え、自分に嫁ぐべきだというような事を指示するかもしれないとアントニウスは考えた。
「母上、余計な事は止めてください」
 アントニウスが真剣な表情で言うと、マリー・ルイーズは突然考え込み始めた。