初恋の君に真紅の薔薇の花束を・・・

 儀礼的なノックの後、馬車の扉が開いた。
 御者がノックをするのは、主が馬車の中で何を致しているかわからないから『これから扉をあけますよ』という合図なのだが、それすらも腹立たしくなるくらい、アントニウスとしては最悪のタイミングで馬車はアーチボルト伯爵家の正面玄関前に横付けされていた。
 家令が玄関から姿を現すのを横目に見ながら、御者が整えた足台を使って馬車から降りると、アントニウスはアレクサンドラの手を取り、抱きかかえるようにして馬車から降ろした。
「おかえりなさいませ、アレクサンドラお嬢様。旦那様方は、まだお戻りではございません。アントニウス様をお茶にご案内いたしましょうか?」
「アントニウス様は、爵位を継がれファーレンハイト伯爵となられたのよ」
 アレクサンドラの指摘に、家令が背筋を正した。
「これは大変失礼致しました。ファーレンハイト伯爵、この度は、おめでとうございます」
「いや、そんなに改まることはないよ。私は、ファーレンハイト伯爵よりも、ただのアントニウスの方が気楽でよいくらいだから」
 アントニウスが答えると、家令は恐縮したように頭を下げた。
「今宵は、遅いので私はこのまま失礼します」
 アレクサンドラが付かれているだろうことを考えると、アントニウスは離れがたい気持ちを押し殺し、素早く馬車の取っ手に手をかけた。
「あの、お茶でも・・・・・・」
 慌てて誘うアレクサンドラ、アントニウスは笑顔で頭を横に振った。
「では、失礼致します。伯爵ご夫妻によろしくお伝えください」
 アントニウスは言うと、さっと馬車に乗り込んだ。
「ありがとうございました」
 アレクサンドラが追いすがるようにお礼を言った。
「おやすみなさい」
 アントニウスが言うと、御者が扉を閉めた。
 気の早い御者に舌打ちしながら、アントニウスは扉の窓を開けてアレクサンドラの事を見つめた。
「おやすみなさいませ。アントニウス様」
「良い夢を・・・・・・」
 アントニウスが言ったところで、御者が御者台に戻る気配がした。
 仕方がないので、アントニウスは御者に発車の合図を送った。
 走り去る馬車を見送り、アレクサンドラは家令と共に屋敷の中に入った。
 中ではライラがアレクサンドラの事を待っていた。
「やっぱり、王宮の舞踏会はすごいわ」
 アレクサンドラが言うと、ライラは笑顔でアレクサンドラを迎えてた。

☆☆☆