初恋の君に真紅の薔薇の花束を・・・

 このすれ違いの会話は、アレクサンドラと会うたびに交わされている、エンドレスで出口の見えない迷路のような会話だった。
 ぶざまにも、ストレートに『妻になってほしい』などという言葉を口にしている時点で、アントニウスの自己嫌悪は極限値に達していた。本来、結婚の申し入れはもっとロマンチックで、思い出に残るシチュエーションを用意するべきものだというのがアントニウスの考えであるにもかかわらず、相手がアレクサンドラになると、何もかも計画通りにはいかないのだった。
「ですから、それも何もかも合わせて、引け目を感じる必要はないと言っているのです」
 もう一度言うと、アレクサンドラは頭を横に振って見せた。
 それは確かに、アーチボルト伯爵家の年間予算を遥かに上回るような、恐ろしい桁の額があちこちの仕立て屋や宝石商に支払われていることは確かだが、これ自体途中からはロベルトとの張り合いみたいなものになってしまったのも事実だ。
 ロベルトがジャスティーヌを社交界で一番美しいレディにすると言うのに対抗し、ロベルトはアレクサンドラを社交界で一番かわいらしいレディにして見せると、対抗意識を燃やしてドレスやアクセサリーを奪い合うように用意したのは事実だった。しかし、それでアレクサンドラを買ったように思われるのは心外だった。
「すべては、ロベルトと競うためにやったことです」
 仕方ないので、アントニウスは本当の事を口にした。
「競う?」
「ええ、ロベルトがジャスティーヌ嬢を一番美しい女性にするというので、私はあなたを一番可愛らしいレディにして見せると。ロベルトも意地になるから、最後は仕立て屋の生地を奪い合い、宝石商のアクセサリーを奪い合うような状態になったのです。何しろ、双子ですから、似合うものは同じですから、同じ評価基準で戦えば、ロベルトは国のお金を湯水のごとく注ぎ込みますからね、私は一歩引いて、美しいではなく、可愛らしいという少し評価基準の違う、よりあなたに相応しい方を選んだのです。だから、あなたが負担に思うことなど何もありません」
 アントニウスに説明を受けても、アレクサンドラは目を伏せたままだった。
「そんなに、あなたは私がお嫌いですか?」
 直球の質問に驚いたのか、アレクサンドラがまっすぐにアントニウスの事を見つめた。
 何度も尋ねなくてはと思いながら、答えが『嫌いだ』というストレートなものだったらと思うと、問うことのできなかった質問だが、その逆に、アレクサンドラの事だから、気を使って例え嫌いでも、秘密を知らせ、更に世話になっているアントとにうすを嫌いだとは言わないだろうという、二つの答えの間でアントニウスは苦悶するばかりだった問いを仕方なく投げかけてみた。
「そんなことは、ございません」
 予想通りの答えに、アントニウスは尋ねなければよかったと、頭を抱えたまま大きなため息をついた。
「アレクサンドラ・・・・・・」
 アントニウスは呼びかけながらアレクサンドラの手を掴んだ。
「あっ・・・・・・」
 恥じらうようなアレクサンドラの声に、アントニウスは自分が激しく淫らな行為に及んでいるような錯覚を覚え、慌ててアレクサンドラの手を離した。
 次の瞬間、馬車が止まり御者が御者台から降りる音がした。