アレクサンドラが書簡を父のルドルフに手渡すと、ルドルフは大きく深呼吸を何回もしてから封蝋を外し、リボンを外して丁寧に巻いてある手紙を開いた。
 ゆっくりと広げながら読んでいくルドルフの顔から血の気が引き、更に脂汗が額に浮かんできた。
「お父様?」
 読み終わるまで待とうと思っていたジャスティーヌだったが、父の様子に思わず声をかけてしまった。
「もはや、絶体絶命だ」
 ルドルフは言うと、手紙をアリシアに手渡した。
「・・・・・・・・アーチボルト伯爵家には双子の娘がある事でもあり、双方に均等の機会を与えることとし、半年以内に王太子ロベルトのハートを射止め、真紅の薔薇の花束を受け取った方を正式な花嫁とする。但し、半年を過ぎてもどちらも真紅の薔薇の花束を受け取らなかった場合は、この結婚の話はなかったこととし、二人に結婚を強要するものではない・・・・・・・・。あなた、これは一体・・・・・・」
 茫然としたアリシアが、ソファーに崩れ落ちる。
「あの野郎、とうとう本性を出しやがったな!」
 怒りに震えるアレクサンドラの言葉遣いは、貴族の令嬢どころか、令息の言葉としても相応しくないものだったが、誰もそれを指摘するものは居なかった。
「私は、どうすれば・・・・・・」
 困惑したジャスティーヌの手をアレクサンドラがしっかりと握る。
「ジャスティーヌとアレクサンドラが一緒に表に出ることができない以上、ジャスティーヌに一人二役を演じて貰うほかないだろう」
「そんな!」
 怒りに震えるアレクサンドラをルドルフが見つめた。
「アレクサンドラ、お前は社交界を辞して家に籠り、一刻も早く髪の毛を伸ばすんだ!」
「家に籠ったからって、髪の毛が早く伸びるわけないでしょう!」
「まじないでも、祈祷でも、薬草でも何でもいい、とにかく早く髪の毛を伸ばすことに集中するんだ」
「父さま、禿じゃないんですよ、髪の毛が早く伸びる薬草だの、まじないなんて、聞いたことありませんよ」
「とにかく、信念で伸ばすんだ」
「伸びません!」
 ばかばかしい親子喧嘩だったが、茫然自失としているアリシアも一人二役を演じないといけないことを知ったジャスティーヌも喧嘩を止めることはなく、しばらくの間、父と娘は無益な喧嘩を続けていたが、とうとう疲れて二人とも黙り込んでしまった。
 しばらくの沈黙の後、ジャスティーヌが口を開いた。
「頑張ります。私が一人で二役、その代り、お父様から陛下にアレクサンドラは男性に慣れていないので、アレクサンドラが殿下と外出する際は従兄のアレクシスを同行させること約束を取り付けてください」
 ジャスティーヌの言葉に、アレクサンドラが目をむいた。
「ダメだよジャスティーヌ。僕の時だけでなく、ジャスティーヌの時も僕が一緒に居るようにしないと」
 アレクサンドラの言葉に、ジャスティーヌは頭を横に振った。
「私、お芝居の経験もないし。一人で二役なんて、本当にできるか分からないけれど、アレクサンドラの役をしている時はアレクが傍に居てくれれば、なんとかできると思うの」
 ジャスティーヌの言葉に、ルドルフは何度か頷いた。
「わかった。お前が一人で大変な思いをするのだから、私も何とか陛下にその事をわかっていただくようにしよう」
「ありがとう、お父様」
 お礼を言うジャスティーヌに、『そこは、お礼を言うところなのか?』とアレクサンドラは思っていたが、話をややこしくしないために突っ込むのをやめた。