キッカケはヴェーン侯爵様だった。近衛兵として城を護衛していた俺に、彼は言ったのだ。「君は色が無いね」と。「間諜をしてみない?」とも。

 その問い掛けに、よく分からず頷いた俺は地獄を見ることになる。しかし、俺は、それを経て一人前になった。



 一番の悲劇はなんだろう。その問いには、こう答えよう。〝煉獄の炎に身を焼かれたことだ〟と。

 古くて痛い記憶は、今も尚、色褪せない。俺に間諜のイロハを教えてくれた人を、この手で殺めた縛が。

 殺したくは無かった。それでも他国に捕らえられた間諜は殺すのが習わしだ。危険を侵し、救い出し、自らの手で止めを刺し報告する。



 ――危機は過ぎ去った、と。



 血塗れになりながら仲間を助けた俺に、彼は言った。



 ――俺を見届けてくれるのがベルで良かった、と。



 間諜は本当の名を知られてはいけない。だからこそ指導をしてくれる人間が名前をくれるのだ。

 俺は彼に〝ベルナール〟という名を貰い、生を受けた。