「跡取りが生まれなかったり、うまく育たなくなった。妾を何人も作って子を生ませても、幼い年齢で死んでしまったりしてね。そこで主は悟ったらしい。きっと呪われてしまったんだと――」

「……人を殺しておいて、自分が幸せに暮らせるワケがないもんな。当然の報いじゃないの?」

 そんなことをしていた先祖の血が自分の中に流れていると思ったら、複雑な心境になった。

「そこで主は有名な霊媒師の元を訪れて、自分にかけられている呪いを解いてもらうことにしたんだ。しかし人に手をかけすぎた責任は、予想以上に大きかったらしい。呪いの力が凄過ぎて、これは無理だと判断した霊媒師は、主にこう言ったんだよ。これからは今の家業から綺麗さっぱり足を洗い、あの世に仕える霊媒師となって、人のためになることに精進しなさいって」

「つまり雪だるま式に増えた呪いを、長い年月をかけて祓っていけということなんだな。その呪いの一部がこの赤い目になるのか」

 呪われた一族に降りかかる、とても残念な印ってワケなんだな。……ってあれ?

「どうして母さんは、赤い目をしてないんだよ。呪いが解けたのか?」

 その分、自分に責任がかかってる気がすっげぇする。

「私くらいの技を使えるようになると、コントロールができるからね。お前はまだ修行の身だから、そのままなんだよ」

 言い終えた後に目を閉じて5秒くらいしてから開くと、俺と同じような赤い目をした母親の顔が目の前にあった。

「俺もそれやりたいっ! どうやってやるんだよ?」

「言ったでしょう、修行をしなきゃならないって。これから頑張りな」

 そう言うと仏壇の引き出しから見慣れぬ数珠を取り出し、俺の手にぎゅっと押しつけるように手渡してきた。

「これは? もしかしてメガネと一緒に用意してくれた物なのか?」

 目の前に掲げて、それをじっと観察してみる。大きくて透明感のある紫色の石が2つ。それを護る様に黒い石が連なっていた。

「それはね、おじいちゃんが優斗に使ってくれって、わざわざ言い残した形見の物なのさ」

「おじいちゃんって、母さんのお父さんだよな?」

 父さんの両親は健在なので、聞くまでもない。

 母さんの両親については俺が小さいときに亡くなっていたので、一度も逢ったことがなかった。

「お前は一度だけ、霊能力を目覚めさせたときがあったんだよ。あれは確か……4歳だったかな。幼稚園から帰ってきて、友達の家に遊びに行くって出て行ったのに、直ぐに戻ってきたんだ」

 目をつぶり、口元に小さな笑みを浮かべながら語っていく母親。

 その笑みは過去の話を思い出しているせいか楽しそうなのに、どこか寂しそうな雰囲気に見えるのは、このあと語ってくれた話が原因だった。

 俺は手渡された数珠を両手で握りしめ、聞き逃さないようにしっかりと話を聞く。

「『ただいまぁお母さん。おじいちゃんが遊びに来たよ』ってお前が玄関で大きな声を出して、私を呼びつけてね。びっくりして居間からすっ飛んで行ったさ。何たっておじいちゃんは九州の病院で入院中だったのに、いきなりどうしたんだって頭が混乱したなぁ」

「入院中って、重い病気だったのか?」

「うん。全身をガンに冒されていて、まともに動ける状態じゃなかったよ。余命宣告をされていてね……。お前を連れて何度か見舞いに行って、顔を出してはいたんだ。初孫だった優斗を、えらく可愛がっていたよ」

 小さいときのことだからか――残念ながら自分には記憶が全くない。おじいちゃんの顔すら思い出せない。

「目の前にいる元気な顔をした自分の父親の姿にも驚いたけど、小さなお前が今と同じく、赤い目をしていたのにも驚かされたねぇ。一体、何が起こったんだって絶句したものさ」

「もしかして、それって……」

「ああ。おじいちゃんは最期の力を使って、お前に逢いに来た。どうしても、自分の言葉で伝えたかったんだろうさ。そのお数珠を優斗に使って欲しかったことを」

 閉じていた目をゆっくりと開いて、手元に握られている数珠に視線をやる母親の眼差しが、いつもより優しげに見えた。

「そこの玄関先で言ったんだ、優斗の手を握りしめながらね。こんコの力が目覚めたときに、オイラが使ってた数珠を渡してくれ。どんげ困難があんか分からんけんども、きっと数珠が全て教えて導いてくれるからって。宮崎訛りでハッキリと言ってくれたよ」

「この数珠が全てを教えて、導いてくれる……」

 おじいちゃんが最後の力を使って、わざわざ俺が使うように残してくれた大事な物――。

「その紫色をした石は藤雲石(とううんせき)というものなんだけど、アメジストの一種なんだ。中に雲の様な模様が入っているから、藤雲石と呼ばれているんだよ。黒い石は黒瑪瑙(くろめのう)と呼ばれてる。この二つの石の力がお前の軟弱な心の安定をもたらしつつ、強靭な精神を作ってくれるだろうね」

「俺に、これが使いこなせるかな?」

「それはお前次第だろうさね。4歳のときはおじいちゃんがアンタの力を勝手に引き出して逢いに来たから、何とか封じることができたけど、今回は自力で目覚めちまったからねぇ。私はめでたく、修行の手伝いをしなきゃいけないワケだけど」

 腕を組んで、再びはーっとため息をついた。明らかに面倒くさいと顔に書いてある。

「しばらくは学校が終わったら、真っ直ぐ家に帰っておいで。私の仕事を手伝いながら、力の使い方を学びなさい」

「ええっ!? そんな……」

 友達とダラダラ寄り道しながら、まったりと帰るのが楽しみなのに!

「メガネをかけていても、防ぎきれない霊力がだだ漏れしてるからね。光り輝くお前を見つけたそこら辺にいる霊がもれなくついて来るだろうから、気をつけて真っ直ぐ帰っておいで」

 それって、気をつけられないような気が満載なんですけど――。

 母親の言葉に絶句していると菩薩様のような微笑を浮かべて、手元にある数珠を指差した。

「きちんとそれを肌身離さず持っていれば、おじいちゃんが護ってくれるから、きっと大丈夫さね」

 今の俺にとってはただの数珠にしか見えない物なのに、それがどうやって護ってくれるのやら。

 一抹の不安を抱えながら数珠を胸ポケットに入れて、登校時間に学校へと向かったのだった。