事務所に戻ると加賀さんが外出の準備を始めた。

「野暮用がある。」

 背中を向けて準備をしながらそう言った。

「やぼ……よう……。」

 営業とは言わない加賀さんに何かを感じて胸が騒ぐ。

「安心しろ。
 心配なら一緒に来たらいい。
 仕事関係だ。」

 不安な瞳を向けるとそう言って頭をかき回された。


 加賀さんと営業車に乗り込んですぐに目的地に着いたらしかった。
 ごく普通のお店が立ち並ぶ通りを歩く。

 心配して、考え過ぎだったのかな。
 怪しいお店関係の仕事なのかなとも思ったけれどこの辺はそういうところじゃない。

 とにかく、どんな仕事なのか話さずに歩く加賀さんの後についていく。

 不意に加賀さんが口を開いた。

「仕事が終わったら……。」

 加賀さんは私の耳元に顔を近づけて声を落とした。

「俺のマンションに来ないか?
 今日…………南を抱きたい。」

「え……。」

 囁かれた耳を押さえて驚いた顔を向ける。

「ダメか?」

「ダメかって……その聞き方ズルイです。」

「うん。知ってて言ってる。」

 甘い視線が絡まって堪らず俯いた。

「ダメじゃ……ないです。」

 お客様のところへ向かう道すがらの歩きながらする会話じゃないと思う。

 一瞬だけ私の手に加賀さんの手の甲が触れて顔を見上げると加賀さんが微笑んだ。

 そしてフッと息を吐いて「顔、真っ赤」といつもみたいにからかわれた。

 こんな街中じゃなかかったら、仕事中じゃなかったら、抱きついてしまいたかった。