指輪の一件から加賀さんの接し方が今まで通りになった。
 あの数日間はなんだったのか。

 分からないまま、今は何故か2人きりで会議室に缶詰になっていた。

「こんなに事務処理が溜まってたなんて知らなかったんだ。」

 言い訳を口にする加賀さんを甘やかすわけにはいかない。

「知らなかったじゃ済まない量ですよ?」

「だから1人でやるから。」

 どうしてそこは甘えてくれないの!?
 みんなに隠れるように会議室へ行こうとしていた加賀さんを捕まえたのだ。

 気付かなければホワイトボードに書かれた直帰の文字を信じていたかもしれない。
 営業に行ってる風に見せる為に鞄まで持ち込んで……。

「また倒れたらそれこそ迷惑なんです!」

 子どもみたいに口を尖らせる加賀さんが心を抉るような台詞を口にした。

「別に俺が倒れようが野たれ死のうが、南には関係ないだろ。」

 関係……ない?
 関係なくなんてない。

 もう抑えられなくなっていた想いが口からこぼれ落ちていた。

「こんなにも人の心に入り込んで来ておいて関係ないは無いんじゃないですか?」

 呆気に取られた加賀さんが「何を……言って………」と言葉を詰まらせた。

 頭をかく加賀さんが「南……お前、……」と言い淀んで、それから核心をつくことを口にした。

「俺のこと好きなのか?」

 冗談で誤魔化せばいいのかもしれない。
 自意識過剰ですよって。

 けれど、もう………。

 加賀さんは目を伏せて言葉を重ねた。

「悪いけど、もしそうなら応えられない。」

 好きだと、好きだとさえ言わせてもらえないの?

 頭を振って消えそうな声で「どうしてって聞いても?」と言うのがやっとだった。

「俺は自分のことがある程度分かっているつもりだ。」

「ろくでなしなのも?」

「だからだ。
 南はいい奴だ。
 だから幸せになって欲しい。
 その相手は俺じゃない。」

 南はいい奴、なんて言われても全然嬉しくない。
 勝手に私の幸せを決めつけないで欲しい。

 言いたい文句は山ほどあるのに、口から出て行ってくれない。

「私が加賀さんがいいって言っても?」

「あぁ。」

 かろうじて出た言葉にも無慈悲な返事が返ってくるだけ。

「これからも変わらない。今まで通りだ。
 南は俺の大切なメンバーで、大切な部下だ。」