「次は隼人と営業に行かせるつもりだったが、隼人は当分無理そうだ。
 俺と、行くか。」

 加賀さんとはずいぶん久しぶりに行く気がして、緊張気味に頷いた。

 前と変わらず助手席に座り、お客様の情報に目を通した。

 小林様。ご夫婦。新婚ホヤホヤ。

「今回は南の勉強というより…。」

「なんです?」

「もうほとんど決まってる。
 契約書にサインする日程も決まってる。」

「でしたら……。」

 加賀さんが顔をしかめて言葉を濁す。

「俺が売りたくないっていうか……。」

「えぇ?どんなお客様なんですか!」

 あの加賀さんが売りたくないなんて、よっぽどのお客様だ。
 急に会うのが怖くなってきた。

「いや。普通だ。
 ご本人も普通を連発するようなお客様だ。
 ただ………。」

 加賀さんが続けるのを待つ。
 けれど一向に話してくれない。

「なんですか?
 もったいつけないでください。」

「説明が難しい。
 とにかく肌で感じるんだよ。」

「……野生の勘ですか。」

「悪かったな。頭が足りなくて。」

 加賀さんがふてくされて笑えてしまった。

「南、よく笑うようになったな。」

 急に微笑まれて顔が熱くなる。

「何を急に。」

「いや、そうしてた方がいい。
 最初の頃の仏頂面ときたら……。」

 吹き出す加賀さんに文句を言う。

「私は、加賀さんのイメージは最初の頃の方がいいです。
 知らなくてもいい裏の顔を知ったりして………。」

 第一印象は平手打ちだったけど、これほどまでだとは思ってもみなかった。

「ガッカリした?」

「えぇ、まぁ。」

 鼻で笑う加賀さんは何故だか嬉しそうで。

 おかしな人だ。
 ガッカリしたと言ってるのに。

「今日、南が無理なら日を改めてミッチーにでも頼むつもりだった。
 奥様が何故だか1人で見たいと仰るんだ。」

 1人で……ということは重要案件ってことでも無さそうだから営業担当の加賀さんと2人でということになる。

「考え過ぎかもしれないが最悪な状況も考えないといけないからな。」

「そういう意味で、売りたくない。ですか?」

「いや。その前から。
 簡単に言えば離婚しそうかな。
 せっかく売るんだ末永く幸せに暮らして欲しい。
 売ったのに数年経って売却の相談されるのは嫌だからな。」

 離婚してマンションを手放すってことか。

「しかもご主人はいい方だから余計に、な。」

 そこまで心配するんだなぁ。
 加賀さんって案外、人がいいのかも。

「何かあったら南とデキてるってことにするからキスくらいは覚悟しとけよ。」

 口の端を上げて言う加賀さんに前後撤回。

 ムッとして睨むと、おぉこわっ。と戯けてみせた。

 こんな人、人がいいなんてあり得ない。

「運転中です。
 ふざけないで前を見て運転してください。」

「はいはい。悪ふざけさが過ぎましたよ。」

 本当に。
 思っていたよりも子どもっぽくて。

 しかもそれがそんなに嫌じゃない自分はもっとも困った問題だった。