男は大きな声で矢継ぎ早に聞いてきた。

「お前は誰だ?」

「何をしている?」

「どこから来た?」

へたり込む私に、男は余計に大きく見えた。



男の質問にどう答えていいのかわからず、黙っていた。

心の中では

「私も同じこと聞きたいわよ」とつぶやいてたけど。



黙り込む私の様子をしばらく眺めていた男が

口笛を吹いた。

どこにいたのか男が二人、

音も立てずに現れ、

大きな男の前に跪ずいた。



「私どうなるんだろう」

心臓が口から飛び出しそうな恐怖心を隠して、

おとなしく様子を見ていると、

大きな男は「お舘さま」と呼ばれ、

身分が高いようだった。



跪ずく男たちにいくつか指示を与え、

私に向かって

「ついて来い」と言う。

どう考えても私に選択肢はなさそうで、

返事の代わりにうなずく。



馬が引いてこられ、

乗るように言われた。

生まれてこの方、

馬に乗ったことなんてないし。

この年まで必要もなかったし、

「無理だわ…」と内心後ずさり。



「なんだ、馬が怖いのか」

大男に鼻で笑われた気がしてムッとした。

悔しいけど、ビンゴ…

100%言い返せない。



手を借りて恐る恐る馬に乗せてもらうと、

男は私の後ろに跨がった。

49歳、

生まれて初めて馬の背中に跨がった。



お尻や太ももを通じて感じる馬の体温や、

背中に密着する男の存在、

いつもと違う視界の高さに、

経験したことのない体験に、固まる。

恐怖心を悟られないように、

無理やり引きつった笑顔を作った。



男は周りに声をかけると、

いつのまにか10人ほどの隊列が出来て、

ゆっくり進み出した。



馬の背中に乗ってあたりを見ると、

自分のいる場所や状況がわかってきた。



昨夜は何もないと思ってたのが、

300メートルほど先に集落が見え、

山に囲まれた田畑や果樹らしいものも遠くに見えた。



見渡す限り、

電線などは見当たらず、

舗装されていない細い道が延々と続く。



途中、作業の手を止めて

深々と隊列にお辞儀をする人達を見かけた。

みんな継ぎはぎだらけの粗末な身なりをしていたけど、

髪はこざっぱりと肌は日焼けして、

男性も女性もたくましい体つきの人が多く、

田畑には水が引き込まれ、

豊かな地域だと想像できた。



やがて、集落が近づいてきた。



家屋や人間が少しづつ増えて、

賑やかな場所を男と一緒に、

ゆっくり馬に揺られ進んでいく。



一歩進むごとに周囲の音が消え、

人々の視線を全身に感じる。

明らかに異質な私。



隊列は大きな門構えに入って行った。