ゆえに、撤退と…。

せっかく味わっていたカクテルをグイッと飲み干すと、席を立ったつもりだった…


「ふーん。俺のことが分かった?結構鋭いね?でも俺の方が一枚上手なの。もう一杯付き合ってよ。ほら」


そう、隣のイケメンはいつの間にか私の後ろに立ち肩を抑えられ立ち上がれなかった。
耳元で囁かれたテナーの落ち着いた声。
声までイケメンかよ!?と思ったのは言うまでもない…


「ケースケ、お前俺の店で女の子にあんまり手を出すなよ?」

そう言ってマスターが私の前に置くのはカクテル、Black Cherry。

「普段そんな事してないだろ?ありがと、リュウ」

マスターと親しげに話す、この色男はケースケと言うらしい。
なるほど、この色気溢れる色男は私がこの店に来た時から見ていたらしい。

私は一杯目をBlack Cherry、二杯目にミモザを飲んでいた。

そして、今目前にはBlack Cherryが置かれている。


「綺麗で無表情のわりに、悲しそうだったから。もう一杯俺と飲んだら帰ればいいだろ?」

そう言ってグラスを掲げられ、軽く合わせる。

この一杯で私はその夜、弱った心に寄り添われて普段なら踏み出さない一歩を踏み出してしまった。