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「こっちこっち。久しぶりだね」

 元気ハツラツに彼女に向かって手を振る山田さんを見ながら、高まる緊張感に手汗をこっそり拭った。

「お久しぶりです。隣、失礼します」

 清楚な雰囲気の彼女が、山田さんの隣に座った。向かい合わせになるので、必然的に目が合う。

 俺は引きつらないように注意しながら微笑むと、軽く会釈してくれた。写メで見るよりも断然可愛い彼女に、胸が高鳴る。

「紹介するね、彼女は大学時代の後輩の阿部亜理砂さん。こちらは取引先でお世話になってる、小野寺篤くんです」

「初めまして小野寺です。年は28歳、趣味はドライブです。どうぞヨロシク」

 ペコッと小さく頭を下げた。勿論微笑みは絶やさない。

「阿部亜理砂です、26歳です。趣味は音楽鑑賞です、宜しくお願いします」

 カールしている髪を右手で押さえながら俺と同じように頭を下げる姿を、穴が開きそうな勢いで見つめてしまった。

「亜理砂ちゃん、小野寺くんは、まさやん直属の部下なんだよ」

「ホントですか!?」

 さっきまでの雰囲気はどこへやら。亜理砂さんは羨望の眼差しで俺の顔を凝視した。

「鎌田課長の前ポストを、たまたま引き継いだだけですけどね。でも右腕に近いかな」

 実際は右腕どころか、足元にも及ばない――

「小野寺さんって、優秀な方なんですね。鎌田先輩の相棒なんて羨ましいです」

「ははっ、どうも……」

 頭を掻きながら、盛り上がりそうな次の言葉を必死になって探す。

 何で鎌田課長の話題が出てくるのやら。鎌田課長の問題発言や行動で、相棒どころか社内で愛人と噂されいる現状を、何とかして隠し通さなければ!

「俺とまさやん、大学のサークルでバンドを組んでたんだ。その頃に熱狂的な追っかけしてたよね、亜理砂ちゃん」

「山田先輩、その話はやめて下さい。小野寺さんに、ミーハーなコだって思われちゃうじゃないですか」

 困った顔をして赤面する表情がすごく可愛くて、思わず笑ってしまった。下卑た笑みになっていなければいいが――

「社長令嬢と聞いてたから大人しい感じだと思っていただけに、底抜けに明るい雰囲気で良かったです」

「実家と私は、別物ですから」

 さっきまでの柔和な笑顔を崩し、真顔で言い切る。

 なるほど、実家の話はタブーということだな。

「相変わらず家の話になると、めっちゃ不機嫌になるんだね。初顔合わせなんだから、ここはあえて笑顔をお願いしたいなぁ」

「山田先輩の紹介だから今日は来ましたけど小野寺さんの左手薬指に、あるモノが付いてるのを知ってましたか?」

「おっ、小野寺くん、それはもしかして……」

 彼女の指摘で、背中に冷や汗が流れる。

 前カノから貰った指輪をつけたまま来てしまった。つけてないと文句を延々と言われ続けたので、仕方なく付けていたのをすっかり忘れていたのだ。習慣とはオソロシイ――

「実はこれをつけてから、いいことづくめが続いていたものだから外すのを忘れていました」

「いいことづくめ……ね」

 亜理砂さんから放たれる、呆れた視線がイタい。

「指輪してると、取引先のお客さんが家の愚痴を溢したりするパターンが多いんですよ。そんな話している内に、和気あいあいになって商談が成立することがあるんです。ねっ、山田さん?」

 話をふられた山田さんは、感心したように俺を見る。

「言われてみたら、そうだよね。共通の話題だから、自然と話が盛り上がったりするよ」

「へえ、そうなんですか」←棒読み状態の亜理砂さん

「あくまでも仕事の小道具です。できることなら、亜理砂さんとのペアリングをつけたいんですけどね」

 使えるモノなら、前カノとのモノだって使ってやる。

「小野寺くんは外見はチャラそうに見えるんだけど、仕事熱心で懐の広い男だよ。付き合うついでに、憧れのまさやんの話が聞けちゃうオマケ付きだしね」

 山田さん、サラリと酷いことを言ってないか? しかもオマケ付きって何?

「分かりました。そこまで言うなら試しに付き合ってみます。ただし期間限定で」

「期間限定?」

 きょとんとする俺の顔を見ながら、亜理砂さんは言い放つ。

「イヤらしいことを一切せずに、3ヶ月以内で私を落としてみて下さい」

 挑むような眼差しを受けて、俺は奮いたった。恋愛マスターの名に懸けて、彼女を落としてやろうじゃないか。

「3ヶ月後っていったら、ちょうどクリスマスになるんだね。小野寺くん、頑張るんでしょ?」

 ワクワクした顔で、山田さんが訊ねてくる。

「勿論、落としてみせますよ!」