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 2DKのアパートに招かれた私は、キョロキョロと家の中を観察した。

「ウチ狭いだろ? 母親と兄貴の3人暮らしなんだ」

「そうなんですか……」

「麦茶しかないけど飲む?」

「はい……」

 キッチンで手際よくお茶を用意する彼の後ろ姿を見てるだけで、口から心臓が飛び出そうになった。

 告白して、いきなり彼の家にあがっている大胆な自分――この先、どうなるんだろうか。

「はい、俺の部屋へようこそ。正直キレイじゃないから、あまりジロジロ見ないように」

「はい、おじゃまします……」

 ジロジロ見るなと言われたけど、やっぱり見てしまう。知らない外人のポスターに、機械関係の難しそうな本。勉強机には、マンガが数冊積み上げられていた。

「まったく、ジロジロ見るなと始めに注意したのに!」

 彼の呆れた声で我に返る。

 しまった――嫌われちゃったらどうしよう……。

「あの、すみません。色々興味深いものばかりだったので」

「おまえって面白い奴だな。そこに座れよ」

 座布団を用意してくれたので、ちょこんとそこに座った。

「ところで、話ってあれだけ?」

「え?」

「俺のこと、気になってました。この続きは?」

 私の顔を見ながら、座って麦茶を飲む彼。そのとても落ち着いている様子とは真逆に、どんどん緊張感が増していった。

 どうしよう……。想いの勢いに任せて話しかけたけど、ちゃんとした言葉を考えてなかった。

「あのぅ……」

 手渡されたコップをくるくる回しながら、一生懸命に言葉を探す。一言「好きなんです」と、思いきって言えばいいのは分かる。だけど自分の中にある想いを全部伝えきれないような気がして、どうしても躊躇われた。

「ま、何を言わんとしているのか、顔を見れば一目瞭然だけどな」

 向かい側に座っていた彼が、急に私の目の前に近づいて覗きこむ。突然のアップに、うっと息を飲んで顎を引いた。

「俺のことが好きなんだろ?」

 単刀直入に訊ねられて、頷くのがやっとだった。

 恥ずかしくて俯いていると、彼が優しく頭を撫でてくれる。彼の掌の体温が直に伝わってきて、心臓が飛び出しそうなほどにドキドキした。

「見てるだけなのに、俺のどこがいいの?」

「えっと顔と声が好みだっていうのもあるんですけど、お友達との楽しそうなやり取りを見てて、何ていうか自由そうっていうか、無理してないところがいいなと思いました」

「おまえは友達といて、無理してるのか?」

「学校の友達といて楽しくないっていうわけじゃないんですけど、本当の自分を出せなくて、
 辛いときがあります……」

 頭を優しく撫でられているせいか、すごく素直な自分がいる。さっきまで言葉に詰まっていたのが嘘みたい。

「お嬢学校に通っているんだから、いろいろと気を遣うことがあるんだろうなぁ」

 今度は頭ごと、胸の中に抱きしめてくれた。彼の体温と香りが、一気に自分の中へ入っていく。

 突然の事態に身動き一つしない私の様子を見下しながら、クスクス笑った彼の笑顔が素敵に見えた。

「それでおまえは、俺とどうなりたいんだ?」

「はい?」

「俺のことが好き、その後は? 気持ちを伝えたら満足なのか?」

 彼の大きな両手が自分の頬を包み込んで、ぐいっと上を向かせられた。間違いなく、真っ赤な顔をしてると思う。すごく頬が熱い。

 恥ずかしすぎてどうしていいか分からないので、あえて視線をズラしすしかない。

「そうやって、わざと焦らしてるだろ?」

「じっ、焦らしてません!」

 慌てて彼の顔を見ると、すごく真剣な顔をしていた。

「俺が欲しいんだろ?」

「ほほほ、欲しくなんて、っ、んっ……」

 突然合わせられた唇に、言葉を失う。

 目の前にある彼の顔に、ただ硬直するしかなかった。。

 彼のことが好き、好きの次は何? 好きの次ってキスだっけ? キスの先って――

 マズイと思って離れようとした私に気づき、さらに深く口づけてくる。唇を割って侵入してきた彼の舌に自分の舌が絡め取られて、ピタッと思考停止した。

 呼吸をしていいのかすら分からない状態で、そのまま押し倒されてしまって――横になった途端に、キスから解放される。

「良かった……」

 安心したような彼の声にハッとする。心臓が早鐘のように鳴っていた。

「おまえが俺に声をかけてくれなかったら、何もないまま終わっていただろうから……」

「安達さん?」

「目の前で本読みながら俺をずっと見てる奴を、気にならないワケがないだろ。だけどお嬢様学校のおまえとじゃ、釣り合わないんじゃないかとずっと思っていたんだ」

 優しく見つめながら、頭をゆっくりと撫でてくれる。

「それって、私のことを――」

 好きなんですかって言う前に塞がれた唇。優しく押しつけられた唇から、彼の愛情が静かに流れ込んできた。

「嫌いな奴とは、こんなことしないよ。ばぁか」

 顔を赤らめた彼が照れ隠しに私をバカにしたのに、ばぁかと言われてなぜか胸がキュンと締めつけられた。

「そんな潤んだ目で俺を見るなよ。止まらなくなる……」

 そう言って、私の右耳たぶを口に含んだ。ゾクリとした感覚に驚いて、

「ひゃっ!」

 なんていう色気のない声を出してしまう自分に、プッと笑いだす彼。

「今度は、感じるところを責めてみようか?」

「ええっ!?」

「大丈夫、優しくするから」

 器用な手つきで、制服のボタンを外していく。

 このままいくと、大好きな彼と一つになれちゃうんだ。

 ドキドキ(ワクワク)しながら、彼に身を任せたのだけれど――最終的には痛すぎて彼を突き飛ばし、家を脱兎のごとく後にしたのである。

 こうしてほろ苦い初恋は、幕を閉じたのだった。