あれから、どれだけの時間が過ぎていっただろうか。月夜のたびにここへ来る君は、いつしか幼さを取っ払い、今ではただひたすらに、恐ろしいまでの美しさだけを纏った生き物になった。

薄暗い月明かりの下でも、その肌の白さや透き通る黒髪の鮮やかさは色褪せない。

ただひとつ、赤く彩られた唇だけが、あの頃のまま何も変わらず、柔らかな微笑みを描き出している。


「もうここに来てはいけないよ」


何度目かもわからないほどに繰り返してきたその台詞を僕が吐くとき、君は決まって何も言わずに頷いた。それから少し時間を置いて、小さく息を吸い込んだあとで、ゆっくりと口を開くのだ。


「わかってるよ、でも」


どうしても来てしまうの。月があんまり綺麗だから、あなたの瞳を思い出して、会いたくなってしまうの。

そう俯いた彼女の頬を、撫でてやれない指先がもどかしい。ごめんなさい、と静かに泣き出した彼女の涙が伝って落ちた首筋の下で燃えたぎる血潮が、恐ろしい。

僕はいつまで、こうしてここで君をただ見つめていることが出来るだろうか。

一体いつまで、もどかしさに震える牙や爪を歪に隠して、君に微笑みかけることが出来るのだろうか。


「あいしてるの、」


それは、ひどく悲しく、そして暖かな声音で、僕の手元に転がされた。涙の止まない君が飛び込んで来た胸元に、ちいさな痛みを感じたことを、僕は認めてしまってはいけないのだ。

君はいつまでも鮮やかに、汚れを知らずにいるべきだ。君に映える赤色は、君の唇にのせられたその紅と、そこからこぼれ落ちた柘榴の甘い香りだけでいい。そのまま、綺麗なままで、君を彩るべきなのだ。

鉤爪の先で君の髪を掬いながら、どうしようもないほどに逸る心臓のその理由が、君を抱きしめ返せないもどかしさだけでありますようにと、閉じたまぶたの裏側で、柄にもなく神に祈ることでしか守れないこの感情を、人は恋と呼ぶのだろうか。



【柘榴と唇】

(それ以上の赤色で、君を彩ってしまいたくない。僕だって君をあいしているから)