初日の登校を終えた綾音は父に会っていなかった事に気付いた。

「あれ?お父さんに会わなかったな…」


どうしたんだろう?

そう思いながら下校した。


家に帰ると母が迎えてくれた。

「おかえりなさい」

母は挨拶に厳しかった。

「ただいま」

ちゃんと挨拶をして部屋に戻った。


制服を脱ぎながら、学校で自分は注目の的だと思っていた。

「うかつなことできないな…」

声に出た。



夜になると父が帰って来た。

テニス部の顧問をしているのでいつも帰りは夜だ。

「おかえりなさい」

「ああ、ただいま」


すぐに夕飯になった。



「お父さん、学校で会わなかったね」

綾音の言葉に父は


「俺は忙しいんだよ」

と、笑った。

「お母さん、聞いてよ。お父さんったら学校で裕ちゃん先生なんて呼ばれてるんだよ」

と言ったら母は

「そうね」

と笑った。

知っているんだな。と特に疑問に思うことなく受け入れた。


その日は疲れたので早めに就寝した。





「…あれ?ここは…学校…?」

しかし今日見た学校と何かが違う。

何だか教室が綺麗だ。

壁のシミも少なくて机も違う。


どこかこぎれいだ。

おかしいな。と思いながら教室を見渡した。

クラスメイトが違う。今日見た顔はいなかった。

「かをり~!」

そう言ってショートカットの女の子が体当たりをしてきた。


「いたっ」

思わず声を上げた。

よく見ると2年生の名札をしている。


「あ、先輩、何か用ですか?」

綾音の問いに怪訝そうな表情をする。


「かをりとは同級生だった気がするんだけど」


え?

そこで自分がかをりと呼ばれていることに気付いた。


「あの、私綾音です。上屋綾音」


するとその女子は大声を上げて笑いながら周りに言った。


「ちょっと皆~!かをりが裕ちゃん先生の名字名乗りだしたよ~」

教室ではどっと笑い声が上がる。


どういうこと?綾音には訳が分からなかった。


そこでハッと目が覚めた。


自分の部屋だ。綾音の部屋。


「なに、今の夢…」


変な夢だと思って気にしないで部屋を出て1階のリビングへ向かった。


「おはよう。綾音」


母が眩しい笑顔で迎えてくれた。

「おはよう。お母さん、お父さん」


父は台所でコーヒーを淹れながら「おはよう」と返してきた。


朝食のパンを口にくわえながら綾音がさっき見た夢を話した。

「教室でね、何故か私2年生でね、知らない女の子が話しかけてきたの」


綾音の夢の話を両親は聞き流すように聞いている。

「私ったらかをりって呼ばれててさ」


すると両親がこわばった表情で自分を見ていることに気付いた。

「…どうしたの?」


母は唇が震えている。父はコーヒーを手にして綾音を凝視したままだ。

「…かをり?」

父は聞き返してきた。


「うん。それがどうしたの?」



「…なんでもないのよ。綾音、遅れるわよ」


母は家を出るように促した。


「?うん」


綾音は不思議に思いながらも家を後にした。





綾音がいなくなったリビングで両親は不安を隠せなかった。

「あの子…かをりって言ったわ…」

「うん、まさか…」

母は父に寄り添った。

「…大丈夫?」

「さすがにもうだ丈夫だよ。何年たったと思っているんだ」

父はこわばりながら微笑んだ。

「かをりちゃんの記憶が、なんで今になって…」

「わからない。でも、もしかしたら学校を見たからかもしれない」

父は少し震えている。

「大丈夫かしら…」

「見守るしかないよ。綾音と平沢を」

父の言葉に母はうん。と頷いた。