「…ねえ、どこに行くの?」
私たちしか居ない、無人電車。
「ここから一番遠いところ、でしょうか?」
3月19日、月曜日。
「北海道にでも行くつもり?」
朝の10時15分。
「ふふ、北海道は良いかもしれませんね」
空は、雲ひとつない日本晴れで。
「…あぁ、それか沖縄も良いわね」
電車の中なのに、小鳥のさえずりが聞こえてくるようで。
「海、綺麗なんでしょうねぇ」
今頃先生は怒ってるだろうなぁ、なんて。
「そうね。…それか、静岡行って富士山でも見る?」
…けれど、そんなこと今はどうでも良くって。
「富士山って汚いらしいですよ?」
彼が隣にいる。その事実さえあれば、何でも笑い飛ばせる気がして。
「あら。生憎汚いのを旅行してまで見たくないわね」
鳴り止まない携帯の着信音は、気分をあげるBGM代わり。
「そうですねぇ、…ずる汚い人達は毎日見てますしね?」
忌々しい思い出は、旅のお供にぴったりだ。
「そうね、飽きるほど見てるわね?」
忘れたくないこと以外、全て忘れて。

…今はただ、生きていることに感謝するだけ。