「お前が優しいのは分かっている。が、この件にはもう関わるな。王都に帰る支度をしなさい」

ユジェナ侯爵の言葉と同時に、彼の従者が動きマグダレーナをやんわりと拘束する。

「何をするの? 離しなさい!」

マグダレーナの高い声が部屋に響く。
抵抗して暴れている為か、従者がつい力を入れてしまったようで悲鳴が上がった。

「痛い!」

「マグ⁈ ちょっと、乱暴はやめて!」

シェールが慌てて止めようとすると、マグダレーナが驚いたような顔をした。

「シェール、お前、今……」

マグダレーナが何かを言おうとするより早く、ユジェナ侯爵のイライラとした声が遮った。

「いいからマグダレーナは部屋に戻りなさい……連れて行け」

「えっ? 待って! お父様? シェール!」

マグダレーナが連れられて行く騒々しい様を、シェールは唖然として見送った。



マグダレーナの声が聞こえなくなると、ユジェナ侯爵がシェールに告げた。

「娘には、今後余計な事を言うな」

一応シェールもユジェナ侯爵の娘だけれど、彼はそんな事実忘れているようだった。

「余計な事なんて言っていません。でも今後関わる事は有りませんから、安心してください」

憂鬱な気分で返事をすると、ユジェナ侯爵は片眉を上げた。

「それは良くないな。マグダレーナとは良い関係を築くように。有力な王弟の妃との親しい交流は、マグダレーナの為になるからな」

「……離縁できないとしても、私は王都には行きませんよ」

「そうはいかない。アルフレート殿下は既に王都に屋敷を築いている。正妻のお前が住まずに誰が住むのだ?」

「アルフレート殿下には恋人がいると聞いています。その方と住めばいいじゃないですか」


シェールが投げやりに言うと、ユジェナ侯爵の顔に怒りが浮かんだ。

「馬鹿なことを言うな! 仮に妾が居たとしても表に出るのはユジェナ家の娘でなくてはならない。アルフレート殿下にもその事は強く申し出る。妾はどこかに適当な家を与えておけばよいのだ」

「……私のお母様にしたようにですか?」

「くだらない事を言うな。とにかくお前は王都の屋敷の女主人として、貴族達と交流を持つように。お前がうまく振る舞えば私も多くの伝手がえられる。心して務めるように」

ユジェナ侯爵からは野心を感じる。
思いがけなく有力王族の妃となったシェールを、とことん利用するつもりなのだろう。

他人より遠い、実の父親の姿をシェールはぼんやりと見つめていた。