「シェール、降りるわよ」
「え、私も?」

(無理! ノーラやカレルに会ったらどうするの?)

「当たり前でしょう? 案内役が降りなくてどうするのよ」

「いや、でも……」

シェールが迷っている内に馬車は適当な場所に止まり、降りる準備が進められている。

グズグズしている暇は無かった。
意を決してマグダレーナに言う。

「私は降りません。案内は御者がしてくれます。身の回りの世話はそこの侍女殿がしてくれるし、護衛もいるのだから私が居なくても大丈夫です」

「はあ? 何言ってるの? いいから降りるわよ!」

「嫌です!」

他の事なら大抵は我慢出来る。でも、カレルに身分を知られるのだけは耐えられなかった。

知られたら今の関係が崩れてしまう。二度と他愛無い話をしてくれる事は無いし、笑いかけてもくれなくなるだろう。
そんなのは嫌だった。

それに、王弟妃と言う事は結婚していると言う事。

(知ったらカレルは不誠実な女だって思うわ)

夫がいる身で、カレルと二人きりで過ごしていたのだから。

とにかく馬車から降りたく無い。
強引に腕を引かれそうになり、抵抗して座席に亀のように丸くなる。

「な、何なの? もう勝手にしなさい!」

マグダレーナは怒って馬車から降りて行ってしまった。

彼女を護衛が囲み、御者が案内を始める。

マグダレーナの集団が遠くなっていく様子を窓から眺めていたシェールは、ホッと息を吐いた。

けれど安心しかけたその時、森の入り口からカレルがやって来るのが見えて、シェールは嫌な予感に身を震わせた。