次の日は雨だった。
 気持ちはなんだか低気圧とともに沈んでなかなか浮上してくれない。

 ぼんやり歩いていたせいで誰かとぶつかってしまった。

「ご、ごめんなさい。」

 ぶつかった人は大きくて見上げると…。

「モジャ!…あ、いえ。すみません。」

 ぶつかったのはモジャだった。

 本人にモジャだなんて…。
 どんな嫌味が返ってくるか…。

 恐怖で早くその場を立ち去ろうと後退りする。

「痛っ。」

 少女漫画さながらに髪が彼の何かに引っかかって動けない。

 いや、待って。
 少女漫画ならさ、もっとイケメンでカッコイイ人となわけで、なんでモジャなんかと…。

 ジタバタしていると不機嫌そうな声がした。

「モジャは合ってるがどっちかと言えば浮浪者だろ。」

「え。」

 声は不機嫌そうなのに、何故だか怒っているようには感じなかった。
 低い低音な声は体に響くみたいな感じがした。

 浮浪者だなんて、自分を卑下するなんて意外。
 仙人って呼ばれてるくらいすごい人なのに。

 …確かに風貌はひどいけど。

「もっとこっちに来い。
 取れない。」

 言われるまま近づくと彼は絡んだ髪をほどこうとしていた。
 絡んだのは彼の社員証。
 社員証に写っている写真さえモジャそのもの。

 この人はこれ以外の格好をしたことはないのかな。

 不意にモジャが動いた拍子にフワッと鼻をくすぐった。
 それはシトラスの爽やかな香り。

 ヤダ。こんな身なりなのにこの人いい匂いがする。

 こちらの動揺をよそにモジャは自由になった髪を残して何も言わずに歩き出している。

 取れたよ。とか無いわけ!?

 そう思いつつモジャの背中に向かって叫んだ。

「あの、ありがとうございました。」

 モジャは振り向きもせず、手だけ軽く上げて去って行った。

「何よ。男前みたいな行動しちゃって。」

 憎まれ口を叩いてみても顔はどんどん熱を帯びてそれを両手で抑えるのがやっとだった。