行ったり来たりを繰り返して、意を決して階段を上った。

 佐久間さんの様子が気になって、彼のマンションまで来ていた。

 だって今日は雨が降っている。
 だから少し心配なだけ。

 会って、何を話すのか………。
 ノープランで来てしまったけど、何か言葉を交わせるだけでも………。

 そんな自分の考えと計画の甘さを呪った。

 佐久間さんの部屋の前に人影が見えたのだ。

「愛美……どうして今頃……。」

 ただならぬ雰囲気と『愛美』で気づいてしまった。
 佐久間さんが親しみを込めて名前で呼ぶ相手。

 きっと元カノか、はたまた現在の恋人かもしれない。
 前に勘違いした赤い口紅の女性との違いは明白だった。

 手土産に持ってきたプリンの紙袋をギュッと握りしめる。

 早く。
 早く、見つかる前に帰らなきゃ。

 そう思うのに足が固まって思うように動いてくれない。

「……浜島?」

 気づかれたくなかったのに、名前を呼ばれて居た堪れない。
 浜島って知ってたんだっていう驚きも『愛美』には到底敵わない。

「もしかして由莉ちゃん?」

 女性に言われて顔を上げても、こっちは愛美さんとは知り合いではなさそうだ。

「啓介から聞いたの。
 ごめんね。私の用事はすぐ終わるから。」

 綺麗な大人の女性の雰囲気を漂わせて微笑んだ愛美さんを直視することはできなかった。

「また勝手なことを!
 愛美、お前どこに行って………。」

 佐久間さんの悲痛な訴えは私の心を抉るようだった。

「元気でやってたよ〜。
 啓介に悠斗の居場所と近況を聞いてさ。
 私も悠斗に報告あるし。」

 愛美さんは手のひらを真っ直ぐにして、手の甲側を佐久間さんに見せた。
 私からも見える……婚約指輪?

「私、結婚するの。
 だから悠斗も。ね?」

 それだけ言った愛美さんは帰るみたいだ。
 その背中に佐久間さんは憤りをぶつけた。

「どうして俺の前から消えたんだ!」

 微笑んだ愛美さんが振り返った。

「だって側にいたら責任取るとか言いそうなんだもの。」

「当たり前だ………そんなの………。」

 自分が許せない。
 そんな表情の佐久間さんに胸が痛くなる。

「私、傷できて良かったよ。
 そのお陰で、今の人、気にしないって言ってくれるいい人って分かったから。」

 今度こそ愛美さんは振り返る気持ちがないことが他人の私にも分かった。
 清々しい。そんな顔をしていた。


 愛美さんが去った後、しばらく呆然としていた。

 どれだけか経った頃、立ち尽くす私に「入れば?」とドアを開いたまま、佐久間さんは部屋へと姿を消した。