「こいつ借りていいか?」

 お昼休み。

 沙羅と「今日はAランチにしようか。Bランチにしようか」と話しているところへ佐久間さんがやって来た。

「どうぞ。どうぞ。」

 沙羅はニマニマした笑みを浮かべて私を差し出した。

 この裏切り者!

 口をパクパクさせて声なき訴えを投げてみても沙羅は楽しそうに笑うばかりだ。

「前のとこでいいか。
 それとも、鰻でも食いに行くか。」

 鰻の言葉に惹かれつつ「前と同じで」と言葉を濁した。
 かしこまったところへなんて連れて行かれたら何を話せばいいのか分からない。

 と、いうより私は話すことなんて無いんですけどね!

「お前、弱音とか吐かないよなぁ。」

 ポツリと呟いた佐久間さんが指差した先にあの時の真っ赤な口紅の女性が。

「え、これってどういう………。」

 女性はワナワナと怒りで震えている。

 3者面談?待ってよ。私、佐久間さんとは何もないんだから。
 何も……キスはこっちにしてみれば不可抗力だし!

「悠斗……あなた………。」

 女性は私なんて見ていない。
 真っ直ぐ佐久間さんを見つめている。

「こういうわけだから君の気持ちには答えられない。」

 私を後ろから抱きしめて、愛おしいものに口づけするように頭にキスを落とした。

 なんでこの人は取っ散らかるようなことをしたいわけ!?

 私も怒りに震えそうになりながらも黙っていると目の前の女性の変化にギョッとする。
 人目もはばからずハラハラと泣き始めた。

 それなのに佐久間さんはこんな時も冷静沈着だ。

「君のこと心配してる人、いるんだろ?」

 ハッとした顔をして女性は後ろを振り返った。
 そこには心配そうな暗い顔でこちらを伺う男性がいた。

 ちょっと待ってよ。
 今、どういう状況?

「帰ろう。
 あやめちゃんを泣かす人は僕が許さない。」

 男性は佐久間さんを睨んでそれからあやめちゃんと呼ぶ女性を抱き寄せた。
 女性は男性の胸の中で泣いている。

「行くぞ。」

 ぼんやり2人の光景を眺めていた私の手を引いて佐久間さんは歩き始めた。
 行き先は前と同じカフェのはずが、鰻屋さんだった。

 雨男と豪語するだけあって、空は今にも雨を落としそうな雲行きだった。