ポカンとした佐久間さんが急に笑い出した。

「何か誤解してるな。
 社長の息子は守谷だよ。」

「………はい?」

 目を丸くして佐久間さんを見つめても、嘘を言っているようには見えない。

「だって、社長の息子だから佐久間さんの企画が通るって………。」

 どこをどう間違えちゃったんだろう。

「あぁ。それ。
 俺が守谷と仲がいいからコネで通してもらってるんだろうって。」

「そんなのやっかみじゃないですか。」

 怒りに任せて発言すると面食らった顔をした佐久間さんが笑った。

「俺が守谷に頼み込んでるかもしれないだろ?」

「そんなわけ……。
 意地でも守谷さんに頭を下げるタイプじゃないですよね?
 佐久間さんって。」

 フッ。ハハハハハッ。
 声を上げて笑い出した佐久間さんに今度はこちらが眉をひそめる番だった。

「あんた何しに来たの。」

 笑いながら質問する佐久間さんにムカつきながら「企画が通った報告とお礼を言いに」とぶっきらぼうに返した。

 不意に手を引かれ体のバランスを崩した。
 そしてそのまま唇を奪われる。

 強引なのに優しくて甘い………。

「な…にして……。」

「今は彼氏いないんだろ?」

「だからっていいわけじゃありません!」

「そう?」

 飄々としている佐久間さんを突き飛ばして出口へと向かった。

「お前、変わりないか。」

 ドアノブに手をかけたところで変なことを聞かれて振り返った。
 忘れていた悲しみを宿した瞳を向けられて胸が締め付けられるようだった。

「変わりないって………。」

「変な奴に絡まれたり。」

 変なって……あぁ元カノのことを言いたいのかな。
 けれど元カノを変呼ばわりするのも……。

「ご忠告は受けましたけど。」

「忠告……ねぇ。」

 立ち上がった佐久間さんがこちらに近づいてきた。

 扉を開けてこんなところ出て行けばいい。
 気持ちはじりじりと焦るのに体は一向に動いてくれない。

「俺の前から消えるのは許さない。
 例えどんな理由でも。」

 甘い囁きとは程遠く脅しとも取れる台詞に背すじが凍りそうだった。
 扉は佐久間さんの手で開かれて、追い出されるように外に出された。

 俺の前から……消える。
 佐久間さんの悲しみと何か関係あるのかな。

 悲しみに揺れる瞳を思い浮かべて胸を痛くさせた。