無愛想な仮面の下

 しばらく黙っていた佐久間さんがぽつりと呟いた。

「知ってる奴は知ってる。」

「………何を?」

「あんたが真面目で努力家だってこと。」

 そんなこと、聞いてない。
 聞いてないのに、薄っぺらいと言われる私をちゃんとした人間みたいに………。

 佐久間さんはバツが悪そうに続けた。

「悪かった。前に悪戯して。
 そのせいで彼氏とダメになったんなら……。」

 前ってキスしたこと?
 気にして謝るなんて、なんだか佐久間さんのイメージとかけ離れてる。

「そういうわけじゃ。大丈夫ですから。
 あ、いえ。キスはダメです。
 あれは許しませんから。」

 場違いな会話に佐久間さんと目が合って何故だか2人で吹き出した。

「ハハッ。ダメか。」

 戯けてみせた佐久間さんが顔を崩して笑った。

 いつもの無愛想な顔が一変した。
 笑った顔は目が無くなって垂れ目になった。

 初めて見せた表情に鼓動が速くなる。

「お詫びと言っちゃなんだが。
 何か奢ってやろうか。」

「奢りですか!」

 目を輝かせた私に佐久間さんは再び吹き出した。

「高いもんは無理だからな。」

 まだ笑っている佐久間さんに、笑い上戸なんじゃない。と心の中で憎まれ口を叩く。

「そんなことより1ついうことを聞いてください。」

「なんだ。……まぁ1つだけなら。
 無理難題を押し付けるなよ?」

 眉をひそめた佐久間さんに思い切って告げた。

「身綺麗に……えっと、髪を切ってきてください。」

「は、何を言って……。」

 いつもの無愛想で不機嫌な顔に逆戻りして、少しだけ残念だった。
 けれど重ねて提案した。

「無理難題ではありません。
 何も坊主にしろとは言ってませんし。
 床屋さんでも美容院でもいいので行ってサッパリして来てください。」

 まだ渋っている様子の佐久間さんに「小学生でも行けます」と、付け加えた。

 失恋して慰めてくれた人が髪を切るってなんだか変なの。
 慰めて……くれたわけじゃないのかな。

 それでも不思議と心が軽くなって悔しいけど心の中で佐久間さんに感謝した。