静かな部屋でため息だけが響く。

 久しぶりに恋人からメールが来ていた。
 その内容を見て、思わず資料室に駆け込んだのだ。

『由莉の気持ちが分からない』

 私の気持ちって何だろう。
 自分自身も分からなくて、それなのに心は沈んでいく。

「人が気持ちよく寝てるってのに。」

 佐久間さんの声がしても顔を上げられなかった。

 佐久間さんが居るかもしれない。
 そう思わなかったわけじゃない。

 ただそれよりも1人になりたかった。
 佐久間さんならきっと余計な詮索をしないでいてくれる。
 そんな気がしていた。

 思った通り、佐久間さんは先ほど文句を言って以来、何も言葉を発しなかった。
 また寝たのかもしれない。

 だから独り言のように呟いた。

「幸せの形が分からないんです。」

 自分は人として大事な部分が欠けている。
 そんな気さえする時があった。

 聞き流されると思っていた呟きは佐久間さんも呟くように応答があった。

「形……ね。」

 幸せの形なんて、漠然とした話題、困るに決まってる。
 それなのに話すのをやめられなかった。

「私、父親が誰か知らなくて。」

 しんと静かな部屋で自分の声がやけに大きく聞こえる。
 佐久間さんは何も言わない。

 ただ自嘲気味に話す自分の声だけがする。

「どこかの偉い人らしいんです。
 母はその人の愛人で。
 お金に不自由はせずに済んだけど温かい家庭に変な憧れと劣等感があるかもしれないです。」

 だからきっと恋人ともどこか線を引いてしまう。
 分かり合うなんてこと出来ない。
 きっと。ずっと………。

 こんな話、佐久間さんにするなんてどうかしてる。
 急に話したことを後悔し始めて恥ずかしくなった。

 早くこの場を立ち去ろうと席を立つと佐久間さんが呟いた。

「お前にはお前の形があるさ。」

「私の、形。」

 前に寝ていた場所と同じ場所で体を起こしている佐久間さんと目が合った。
 茶化すわけでも、励ますわけでも、もちろん馬鹿にもしない。

 佐久間さんのフラットな対応が今はありがたかった。

「お昼寝中にこんな話、すみませんでした。」

 一礼してその場を後にする。
 自分の内側を見せた気恥ずかしさと、よく分からない清々しさがあった。

 去っていく背中に向かって珍しく声をかけられた。

 私に、というよりもやはり呟くように。

「幸せかなんて本人にしか分からねぇよ。」