「いいでしょう?彼。」

 知らぬ間に隣に座った女性に話しかけられた。
 突拍子もない言動に度肝を抜かれる。

「え……。」

「彼ってキス上手よね。
 夜なんて寝かせてくれないし。」

 女性は唇を突き出して、そこに指を当てた。
 真っ赤な口紅に真っ赤なマニキュア。

 それがなんだか艶かしい。

「あの!失礼ですけど私は同僚なだけです。」

「そう。そうよね。」

 女性は意味深に微笑んで続けた。

「あなたみたいな人を悠斗が好きになるわけないもの。
 誰にも何にも本気になんてならない人なんだから。」

 女性はそれだけ言うとお店を出て行った。

 何にも、本気に………。
 そんなことない。
 きっと熱い心を胸に秘めてる。

 じゃなきゃちょっと関わった私の企画を形にしようとか考えてくれたりしない。

 女性の発言にモヤモヤした。

 キスは確かに言う通りだなんて思ってしまったから。
 言動は破茶滅茶だったのに優しくてとろけるような……。

 真っ赤な口紅と真っ赤なマニキュアが脳裏によぎって突っ伏した。

 佐久間さんの薄い唇に重ねられる赤色。
 そして、背中を引っ掻く赤い爪先……。

 なんで人の情事を想像しなきゃいけないのよ!

 勝手に浮かんだ色々に八つ当たりしたい気持ちだった。

 それもこれも佐久間さんがあんなことするから!!!

 無かったことにしたはずのキスを思い出しそうになって慌てて頭を振った。
 あれは魔が差しただけ。ただの出来心。

 そう何度も自分に言い聞かせた。