「日々残業、理不尽、いろんなことで疲れてる社会人女子がさ、好きでもないバイト先の男の子に送ってもらうなんてないよ。」
「…本当ですか?」
「うん。少なくとも、私はそう。ていうか、大体そうじゃないかなぁ。さすがに。あ、でも八方美人タイプだったら…わかんないけど。」
「そんなんじゃないと思います…けど。」
「だよね。岡田くんは、ちゃんとした人、好きになりそう。」

 綾乃が優しい笑みを浮かべる。

「恋愛的に好き、かどうかまではその人を知らないし、実際どんな会話してるのか知らないから何とも言えないけど…。でも、嫌われてはないんじゃないかな。むしろ、ちょっと癒されてるよ。疲れてるとさ、ちょっとした優しさとか何気ない会話とか、そういうのに心がほっこりするものなんだって、これが。」
「え?」

 不意に綾乃と目が合った健人は少し首を傾げた。

「私も心がやさぐれたときは、健人のバイト先で美味しいパスタとワインをいただくことにしてたもん。オーナーさんとお話しするのも楽しかったしね。あと、健人の作るパスタが美味しいんだよ、これが。」
「…それは、思いました。美味かったです。」
「ね。なんか岡田くんの話聞いてると、思い出すなぁ、色々と。」
「その話の方が聞きたいんですけど!」

 凛玖が身を乗り出した。慌てたのは健人だ。

「いや!大丈夫!ていうかだめ。綾乃ちゃん、話しちゃだめだからね!」
「え?なんで?」
「…情けないエピソードが多いから!」
「そう?そんなことないよ、ちゃんと当時の私の癒しポイントは押さえてたよ。」
「え?」

 そう言って少し口元を緩めた後、凛玖の方を見て綾乃は口を開いた。

「それにさ、まぁ知るのは先になっちゃうだろうけど…。でもこの料理習ってるのだって、きっと自分にとってもプラスだし、彼女にとってもプラスだよ。彼氏にご飯作ってもらうのって、思ってる以上に嬉しいし。…応援してる。上手くいくといいね。」
「…頑張り、ます。」