「S区だった?」
履歴書の住所まで知ってくれてるなんて……社長ってすごい。
そんな事を思いながら頷くと、車はゆっくりと発進した。

道の案内以外、特に会話もないまま、車は夜の東京の街を走り、見慣れた風景へと変わっていった。

その景色にホッと一息つくと、すぐに目の前に見慣れたマンションが見えた。

「ここでいい?」
6階建ての平凡なマンションの前にとまった高級車に、私はこんな事もあるんだと思いながら、社長を見た。

「ありがとうございました。ここで大丈夫です」
ドアが開いた方に社長が座っていたこともあり、先に社長が降り、私はその後急いで降りた。

そして、社長を見送るべく車の方へと向き直った。

「加納」
「はい?」
不意に名前を呼ばれて、私は無意識に返事をしていた。

運転手の男性にチラっと目配せをすると、男性は小さく会釈をして運転席へと戻って行った。

え?え?何。

音もなく発進した車を私は啞然として見た。