八王子駅のホームから出ると、少し歩いた道の先に一人の制服を着た少女が泣いていた。
少女が泣いているというのにそこを行き交う人々は誰も目もくれない。
スーツ姿の男性や女性達は仕事帰りで疲れているのか、足早にそれぞれの家へと帰宅していく。
その中で一人だけ、光を纏う女性がいることに気づく。
少女はほんの一瞬だけ泣き止み、その女性へ目を止めた
女性は紺のニットに茶色のロングスカートを履いている。
髪型は茶色く染めており、肩より長めのストレートな髪が風でふわりとなびく。
その女性の顔を見つめると、視線が合った。
黒い瞳は確実に少女を捉えていた。
女性は目が合ってしまったことに対し、しまったという表情を見せた。
少女は縋るように女性に近づいた。
二人は向かい合う。
『ねぇ、あなた私が見えるんでしょ?お願い助けて。
誰も私の事、気付いてくれないの』
女性は少女をわざと無視する様に、少女を避けて通り過ぎた。
少女は女性の肩を掴もうとする。
すると…
掴むことなく手が透けた。
『ねぇ、お願い…独りぼっちなの…。助け…てぇ。』
少女は堪えきれず泣きじゃくる。
女性は突如立ち止まった。
背中を向けているため、表情は読み取れない。
「ああ…。」
女性が立ち止まった辺りは人気が無かった。
夜の静寂の中静かに川の音が聞こえてくる。
「めんどくさいなぁ…。」
女性は低く呟いた。
『こら、そんな言い方良くないよ。紫乃。』
突如、女性の隣に和装の男性が現れる。
髪は白銀。短めでサラサラだ。中性的な顔がとても印象的だった。
忽然と姿を見せたみたいでまるでマジックか何かのようだと少女は驚く。
『彼女は自分が死んだ事も良く分かってないみたいだし』
「そんなの、知らない。自分で勝手に死んでおいて助けてとかどんだけ甘ったれなのよ。出来れば関わりたくない。」
『紫乃、よしなさい』
少年は優しく制した。少女の泣き腫らしてグチャグチャの顔を優しく微笑み覗き込む。
『私が見えるかい?』
『…うん。』
紫乃と呼ばれる女性は少女を冷たい目で見据える。
「アキ、ほーっとけばいいのよ。」
『紫乃…君はいつからそんな冷たい子になったんだい。』
紫乃と呼ばれる女性は鼻で笑う。
「生まれた時からよ。」
『紫乃…。』
「わーかったわよ」
紫乃と呼ばれた女性は少女と向き合う。
「あなた、中学校生活で人間関係が上手く行かなくて自殺したわね。」
「え…。」
「思い出したくない?でも思い出さなきゃ先に進めないから更に言うけど、実際イジメみたいなこともされたわね?
仲が良かった子に裏切られたみたいな。」
少女の顔が徐々に青ざめる。
「あなたの気持ち、分かるわ。
誰だってあんなにうじゃうじゃ人間が集まる所なんか何の問題なく円満に過ごすほうが難しいのよ。
あなたが通ってる中学校以外に一体いくつの学校があると思う?」
わからない…でもきっと多いと思う。
「小学校から高校までがイジメが勃発するとして、日本にあるのは小学校が22000校、中学校が10800 校くらい、高校が5000校。
それだけの分だけ様々な人間関係があってそこでトラブルがあって、その中でも、あなたと同じような環境下でも死なずに戦ってる子達も沢山いるのよ。
まず、あなたはそこから戦わずに逃げたということを自覚なさい。」
逃げた…のかな
ただわたしが死ねばみんなわたしをイジメたやつらがわたしを殺したと自分を責めて一生背負っていくんだと思ったから。
「そして更に言うわ。
あなたはまた生まれ変わった時、同じ課題をクリアしなければなりません。
また苦しい状況のやり直しよ。
二回もこんな経験したくないでしょ?
分かったなら2度と自分を殺してはダメよ。
自殺は自分を殺すのだから罪なの。
だからそうやって地縛霊みたいに一人で寂しい事になってるのよ。
」
少女はコクリとうなづく。
「でも、そんなに小さい身体で良く頑張ったわね。
もう今は頑張らなくていいの。
ただ安らかに心の傷を治す為に幽界で眠りなさい。」
眠り…?
「迎えも来てるわ。あなたの父方の祖母様よ。
さあ、行きなさい。
手伝ってあげるから。」
少女は着物姿のお祖母様に手を引かれて光の中包まれて、消えていった。
「良い子だね。紫乃」
アキは優しく微笑み、紫乃の頭を撫でた
「優しくないわ…。」
世の中は…こんなにも無情な響きがある。
雪華…私は…
「一々霊の相手なんかしてたらキリがないわよ。
日本では若者の死因第1位は自殺。
自殺の理由にはイジメも多い。
一体何人成仏できずに彷徨っていることやら。」
力を使ったため、異様な眠気が襲う。
「そうだね……。
それでも少しの人でも、気づかせてあげる事が大事だと思う。
さて、仕事から帰って疲れた上に力を使って眠いだろう?
早く家に帰って寝ようか。
若者の自殺にこころを痛めてる君を私が抱いて慰めてあげるよ。」
紫乃は突然顔を赤らめ少女みたいな反応をする。
「な、何を言ってるのっ、アキは。寝てもどうせ、私は精神世界に仕事に行くから肉体を抱いてても仕方ないわよっ!」
反応が可愛いなぁとしみじみ思うアキ。
「ああ、そう捉えたんだね、うん。まぁ、いいや。そういうことにしとこうか」
家に到着し、御飯を食べて家事を済ませた後は寝巻きに着替えて布団に潜る。
「やっと寝れるわー、幸せー…って寝れないから離れてくれないかな?アキ。」
アキは紫乃の横で抱くように横たわっていた。
「何故?昔はこうやって泣いてる君を慰めてあげたのに。」
残念そうというよりは愉快そうに微笑むアキ。
「い、今は必要ないの!私はもう強いから大丈夫。」
アキがよいせと布団から離れ、代わりに紫乃が布団に横たわると、眠気が再び襲った。
ああ、あの頃の私、泣いてばかりだったな。
もう私、27歳、かあ。
あの子は中学生だったのかしら。
あの子の制服姿を見て己の一番思い出深い高校の時を思い出だす
高校時代…
10年前……