ロンドン塔の屋上には、生ぬるい風が吹いており、アマネは塀の上に立っている男へと近づく。

「いらっしゃい。ちゃんと来てくれて光栄だよ」

「………あのカラスは、飼育員に化けて調教したんですね」

「ふっ。ご名答」

黒の貴公子は実に楽しそうに笑うと、ヒラリとアマネの前に降り立った。

アマネはすかさず拳銃を取り出そうとした。だが―。

「おっと。君には拳銃より花束の方が似合うんじゃないかな」

アマネの左腕を掴み、自分の方へと引き寄せる。

「っ、離してください」

「セイレーンの涙をくれたらね」

黒の貴公子が、宝石の居場所に気付いていると思ったアマネは、先ほどのワタリガラスのことを思い出した。

「……やはり、ウィルをカラス達で足止めし、私をわざと招いたんですね」

「そっ。君一人で僕の元に来てほしかったからね」

良くもまあ標的まで絞れるように調教したものだと、アマネは心の中で感心した。

「しかし、偽物を用意して本物は君のポケットの中とは。ああ、動いちゃ駄目だよ」

隙を見て動こうとしたが、黒の貴公子はアマネの耳へと顔を寄せる。

「君は頭は中々良いみたいだけど、大事なところを見落としているよ。君の助手は今、僕の言うとおりに動くカラス達と一緒なんだよ?」

「…………」

「つまり、助手君の命は僕が握ってるわけ」

黒の貴公子はアマネのポケットからセイレーンの涙を取り出すと、それをしまう。

そして、アマネの目をふさいだ。

「!何のつもりですか?」

「今から五数えるよ」

黒の貴公子の言葉に、アマネは眉をひそめる。

「僕が五数え終わるまで君がちゃんと大人しくしていてくれたら、助手君からカラス達を引き剥がしてあげよう。君が宝石よりも人の命を優先する子だと見込んでね」

「……分かりました」

正直、この時ほどアマネは自分が情けないと思ったことはなかった。

「おや?信じるのかな?僕は人との約束より、欲望を優先させるかも知れないのに」

アマネの選択で、ウィルの生死が決まると彼は告げる。が、アマネは取り乱さなかった。

「貴方は確かに、獲物を手に入れることに躊躇わないでしょう。けれど、人の命をもてあそんだり、約束を破ることはしません」

「何故?」

「勘です」

曖昧な答えをさらっと告げたアマネに、男は肩を震わせた。

「くっ、ははっ。面白い人だ」

「早く数えてください」

「……一、二、三」

数える声と共に耳に何かをつけられる。けれども、視界はまだ開けない。

「四……五―」

そして最後の数字か数えられた時、頬に何やら暖かいものが当たると視界が開け、男の姿もない。

「………何ですか、今の」

暖かい温度が残る左頬に手を伸ばして、アマネは眉をひそめる。正直これは推理したくないと思った。

そして、耳たぶの重さに手を伸ばすと、それを外して手のひらに乗せた。

セイレーンの涙―そっくりの偽物。

「…………」

アマネはそれを強く握りしめると、バキッと壊す。偽物だが、人の素手では普通割れないだろう。

だが、彼女は割ってしまえた。

(……やっぱゴリラだよな)

カラスが去ってアマネを追ってきたウィルは、その光景に冷や汗を流したのだった。